「僕のスケート人生は幸運の連続だった」=フィギュア織田信成インタビュー・後編
FSは最後まであきらめないことを意識している
ウィリアム・テルのような勇気ある男性をイメージしながら、FSを滑る。最後まであきらめないことを意識しているそうだ 【坂本清】
ローリーからは「キャラクターがあったほうが滑りやすいでしょ」と言われ、ウィリアム・テルというキャラクターと、父と息子の苦しさや葛藤も「ファミリーがいるから分かるよね」と言われたので、そういった形で決めました。
――ウィリアム・テルはスイスの英雄です。キャラクターを演じるのが得意な織田選手はどのようなイメージを持って演じているのですか?
勇気ある男性のイメージです。ウィリアム・テルはオーストリアの圧政から国を変えようと勇気ある戦いをした人物で、息子が死んでしまうかもしれない状況でも勇気ある行動をした。つねに勇気ある行動をしている男性なので、自分もFSを滑るとき最後まであきらめないことを意識しています。
――キャラクターを演じるのが好きな理由は?
ローリーいわく、僕は「クラシックで滑っていたらただ滑っているだけ」らしく、何も表現できていないと(笑)。確かに僕も、キャラクターの方が演じやすいです。クラシックは曲を表現しなくてはいけないですけど、キャラクターがある曲は多少外れていても表情などで魅せられる。そういう意味ではクラシックは難しいなと。
――コミカルな演技が多いですが、面白く魅せたいという強い思いが?
ありますね。スケートだけでなく普段から一緒にいる人には楽しく笑っていてもらいたいと思っています(笑)。
――エキシビションの曲は『ラストサムライ』です
まず選んだ理由は最後のシーズンで、侍と遠かれ近かれ縁のある人間が『ラストサムライ』を演じる(編注:織田の先祖は戦国武将の織田信長)。スケートを知らない人でも「織田さんがラストサムライなの? ちょっと見てみたい」という気になってくれるんじゃないかと思いまして(笑)。そういった形でも見てくれるのはありがたいなと思うんですよ。それとクールな曲で滑ったとき、ファンの方からのお手紙なんかを見てみると、けっこう好評だったんです。コメディーのほうが滑りやすいですけど、最後のシーズンはファンの声に応えたいと。
――織田選手がラストサムライ。やはり狙った部分もあったんですね(笑)
もちろん(笑)。五輪シーズンなのでフィギュアスケートも注目されるだろうし、エキシビションまで演技を見てくれるなんて本当にありがたいことだと思います。それだけで選びました。
親の苦労を知り、あらためて感謝
コーチである母の存在は織田にとって大きな支え。自身も親になり、その苦労が分かったと話す 【坂本清】
中学生のころは反抗期がすごかったんですけど、いまは家族を持つようになって親の大変さや苦労を知り、あらためて感謝しています。精神的な変化もあり、コーチとしても信頼しているので、スケートやその他の不安も打ち明けられるとても大切な存在です。
――親がコーチであるメリットとデメリットはどういう部分ですか?
お互い感情的になってしまう点がダメなところです。メリットは細かいところまで理解してくれるところですかね。精神的につらい場面がどういうところかを100パーセント分かってくれるし、そういう気持ちのときにどう接すればいいかを分かってくれている点ではプラスじゃないかと思います。
――いまでも感情的になってしまうことは?
ありますね。僕が怒るタイプなんですよ(苦笑)。NHK杯のときに前日に衣装を変えられて、僕は全然知らないということがありました。衣装は渋谷のお店にお願いしていて、デザインを変えるんだったら、いろいろな意見を聞いてベストな衣装で臨みたかったので、「自分でこうしたい」と決めたかったんです。そうしたらデザインもすべて母が決めてきてしまって……(苦笑)。母も自分のことを思って衣装を変えてくれたんでしょうけどね。ただ演技もよくできたんで「良かった」と伝えたら、母から「そうやろ」と言われて、「そのリアクションは違うだろ」と(笑)。まあ、僕も家族ができて変わったのかなと思っています。
――親になって変わった部分はほかにもありますか?
ほかの子供たちにも目を配るようになりましたね。食事に行ってもほかの人のグラスが空いていたら「何か飲む?」って気を配れるようになったり。いままでわがままだったので、なかなかできなかったんですけど、そういう気配りができるようになりました。電車とかでも同じ子供を持つお母さんとか「大丈夫かな」と思うし、相手の立場に立って物事を考えるようになったので、そういう意味では前より優しくなったのかなと思います。
――お子さんと遊ぶ以外で日ごろのストレス解消法はありますか?
食べ歩きですかね。食べることが趣味に近いので。主にラーメンが好きで、この前も京都の一乗寺でラーメン屋をはしごしてきました。一乗寺はラーメンスポットで本当においしいお店が多いんですよ。もちろんきちんと調整もしています(笑)。
自分を信じて臨みたい
「スケート人生は幸運の連続だった」と振り返る。五輪出場を懸けた大一番でツキを引き寄せられるか 【スポーツナビ】
自分のスケート人生で最後の大舞台だと思っています。まだ出場できるか分かりませんが、出られたら良い演技をして、最高の笑顔で日本に戻ってきたいと思います。
――7歳から始まったスケート人生。振り返ってみてどう感じますか?
幸運の連続だったなと思っています。母がコーチをやっていたこともそうだし、スケートを続けられる環境にも恵まれていました。試合に関してもつねにラッキーだったと感じています。
――1番きつかったことは何ですか?
日ごろの練習はきつかったですけど、1番はやはりけがでスケートができなかったことですかね。
――逆に1番うれしかったことは?
試合で良い演技ができたときです。終わったときに「スケートをしていて良かったな」とつねに思います。歓声とかを浴びたときは「生きていて良かった」と感じます。
――引退後のプランは考えていますか?
関西大学のアリーナには2007年からお世話になっているので、そこで新たに五輪を目指す選手を指導していきたいというのが夢や目標のひとつではあります。あとはいろいろな分野で活躍できたらいいなと思っているので、オファーがあったらなるべく断らず、挑戦していきたいなと思います。
――かつてない熾烈な出場権争いですが、勝ち取る自信はありますか?
自信はあります。「あります」と言わないと勝てないと思うので。不安もありますけど自信もあるので、自分を信じて臨みたいと思います。
――ソチ五輪に出場できたとしたら、どのような滑りを見せたいですか?
バンクーバー五輪ではふがいない演技だったので、その選手がこんな演技をしてるんだと日本だけではなく世界にアピールしたいと思います。
――目指すのはやはりメダルですか?
はい、そのつもりでジャンプ構成などを組んでいますし、100パーセントの演技ができたら、近いところまでいけると感じているので、まずはベストの演技ができるように頑張りたいと思います。
<了>
(取材・大橋護良/スポーツナビ)