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強小軍団が直面する昇格3年目の危機
J2漫遊記2013 ガイナーレ鳥取

首位の神戸に一時はリードしたものの

林堂眞の直接FKが決まり、鳥取が先制。しかし瞬く間に神戸に逆転を許し、またも勝利はお預けに
林堂眞の直接FKが決まり、鳥取が先制。しかし瞬く間に神戸に逆転を許し、またも勝利はお預けに【宇都宮徹壱】

 J2の上位と下位には、どれくらいの戦力格差があるのか──。


 その答えを探るにはうってつけと言えるカードを取材することができた。10月27日、鳥取のとりぎんバードスタジアムで行われた、J2第38節、ガイナーレ鳥取対ヴィッセル神戸。アウエーの神戸は前節、ホームで松本山雅をチーム最多記録となる7−0のスコアで圧倒し、この時点でリーグ首位をキープしていた。対する鳥取は、今季序盤こそ順調にポイントを積み重ねたものの、シーズン途中での監督交代(小村徳男から前田浩二)が裏目に出て、第22節のモンテディオ山形戦(7月3日)以来、ずっと勝利から見放されて最下位。J2は今季3シーズン目となり、サポーターの間でも残留争いは慣れっこになっていたものの、今季は例年になく厳しいという認識で一致しており、今はJFLの上位争いにも注視しなければならない状況が続いている。


 それでも前半、風上に立った鳥取は、相手との戦力差を感じさせないほど積極果敢な攻撃を見せた。ロングボールを多用しながら、セカンドボールを拾いまくるシンプルな戦い方が奏功し、相手陣内でプレーする時間帯が思いのほか長く続く。時おり相手のパスワークによる崩しに押し戻されることもあったが、ディフェンス陣が集中を切らさずに対応したため、前半の相手のシュートは2本に抑えることができた。ただし、いくら試合の主導権を握っていても、バイタル付近での連係とフィニッシュに精度が足りていないため、鳥取からゴールのにおいはほとんど感じられない。それでも前半41分、ペナルティーエリア手前でFKのチャンスを得ると、林堂眞のキックが見事に決まり、最下位の鳥取が先制するという意外な展開で前半は終了した。


 後半の立ち上がりも、鳥取のペースがしばらく続いた。後半14分、左サイドでのスローインによるリスタートからチャンスを作り、最後は廣田隆治が右足の鋭い振りでミドルシュートを狙う。しかし、無情にもポスト左を直撃。そこから神戸は一気にカウンターを仕掛け、森岡亮太のドリブルから途中出場の田代有三へラストパスが通る。田代は鳥取の守護神、小針清允の飛び出しを冷静に読んで、無人のゴールに流し込んだ。鳥取にしてみれば、追加点のチャンスから同点に追いつかれる、まさに悪夢のような展開。


 この田代のゴールによって、試合の流れは一気に神戸に傾く。それは両チームの選手たちの表情やプレーにも色濃く現れていた。神戸の選手たちが「いつでも逆転できる」と自信満々なのに対し、鳥取の選手たちは「このまま、また負けてしまうのか」という疑心と焦燥ばかりが感じられる。案の定、同点ゴールからわずか7分後に、神戸はFKのチャンスから田代が空中戦に競り勝ち、最後は岩波拓也が頭で決めて逆転に成功。その後は「1点リードで十分」とばかりに守りを固めた神戸に、鳥取の攻撃はなすすべなくはじき返され、1−2でタイムアップ。終了のホイッスルと同時に、がっくりと肩を落とす選手たちの姿を見て、鳥取の状況が予想していた以上に深刻であることをあらためて痛感した。

「勝ち負けよりもクラブの存続」という苦悩

サポーターは「信」じるしかないのか。試合後にゴール裏で掲げられたゲートフラッグにも悲壮感が
サポーターは「信」じるしかないのか。試合後にゴール裏で掲げられたゲートフラッグにも悲壮感が【宇都宮徹壱】

 今回、私が鳥取を訪れたのは、実に3年ぶりのことであった。最後に当地を訪れたのは2010年11月28日、JFL最終節の対FC琉球戦である。この年、松田岳夫監督に率いられ、首位を独走中だった鳥取は、念願のJ2昇格の条件をすべてクリアし、10シーズンにわたって過ごしたJFLを晴れて卒業することとなった(編注:前身のSC鳥取時代を含む)。


 当時のJFLは、J2昇格を目指す準加盟クラブには「4位以内の成績」が求められており、08年と09年のシーズンで、いずれもあと一歩のところで昇格を逃し続けてきた鳥取は、「5位ナーレ」という有り難くない呼ばれ方をされていた。鳥取が「強小元年」というクラブスローガンを打ち出したのは、その前年の09年のこと。小さいけれど強い、すなわち「強小」。身の丈経営の中で、最大限の力を発揮しようとするコンセプトは、1年遅れにはなったものの、翌10年には見事に結実することとなった。だが、続く11年からスタートするJ2での戦いにおいて、クラブ関係者もサポーターも、小さな地方クラブゆえの困難と苦難を嫌というほど思い知らされることとなる。


「JFLで優勝した年の売上が3億円くらい。で、J2初年度(11年)が6億円くらいで3600万円の黒字でした。鳥取市だけで試合をした初めてのシーズンでしたが、それでも観客は微増でしたね。スポンサー(収入)も、JFL時代の1億3000万円から1億9000万円まで伸びたし、入場料収入も9600万円で前年の2倍。ただし2年目はきつくて、胸スポンサーさんが撤退したり、観客数が減ったりして600万円の赤字でした」


 そう語るのは、ガイナーレ鳥取を運営するSC鳥取の代表取締役社長、塚野真樹である。「Jリーグ初の元Jリーガー社長」として脚光を浴びた塚野だが、今ではすっかり社長然とした雰囲気を漂わせ、こちらの質問に対して即座に具体的な数字を返してくる。Jリーグ3年目となる今季は、新たな胸スポンサーも決まり、観客数も平均で4200人以上、伸び率は3割を超えているという。「あと1000万円から2000万円(売上を)伸ばしたら黒字」というから、ホームタウンの規模と立地を考えたら大健闘と言えよう。


 問題は成績面だ。「絶対残留」という新たな目標を掲げた今季終盤、J1昇格プレーオフをめぐる盛り上がりとは遠く離れた場所で、鳥取は粛々と連敗街道をひた走っている(編注:その後、11月17日の第41節で、今季最下位が確定)。シーズン途中で監督交代を決断したことについて、今はどう考えているのだろうか。塚野は「うーん、難しい質問ですねえ」と一言置いてから、クラブのトップとしての苦しい胸の内を語った。


「クラブOBの小村さんにチームを率いてもらおうとスタートして、シーズン序盤はうまくいっていたんですが、その後どうしても立て直さなければという決断を下さなければなりませんでした。その点については、自分の決定責任を感じています。ただ今年に限った話ではないのですが、ウチの場合はチームを強くすることのほかに、経営環境や経営資源なども把握している、マネジャーとしての能力も監督には求められるんですよね。クラブライセンス制度が導入され、環境が変わった中で『強小』を目指すウチとしては、もちろん勝ち負けも大切ですけど、それ以上にクラブを存続させていかなければならない。そんな中、今の前田監督はよくやってくれていると思っています」

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著はスポーツナビでの連載をまとめた『J2&J3 フットボール漫遊記』(東邦出版)

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