ダルビッシュのサイ・ヤング賞候補選出は悪い知らせ?

内野ムネハル

ダルの契約事情にジレンマを抱えるレンジャーズ

サイ・ヤング賞の最終候補にノミネートされたダルビッシュ。しかし、地元テキサスでは必ずしもハッピーなニュースではないようだ 【写真:アフロ】

「ダルビッシュがサイ・ヤング賞の最終候補にノミネートされたことは、レンジャーズにとってバッドニュース(悪い知らせ)かもしれない」

 現地時間11月4日(日本時間5日)、メジャーリーグで今季最も優れた先発投手に送られるサイ・ヤング賞の候補3選手が発表された。ア・リーグは、今季メジャー唯一の20勝を挙げたマックス・シャーザー(デトロイト・タイガース)のほか、テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有、そしてシアトル・マリナーズの岩隈久志が名を連ねた。
「リーグ最高のスターター」3人のうち、2人を日本人投手が占めたことは、日本人メジャーリーガーの歴史における快挙だ。ダルビッシュは13勝9敗、リーグ4位の防御率2.83にメジャー断トツの277奪三振。岩隈は14勝6敗、リーグ3位の防御率2.66をマークした。
 サイ・ヤング賞は全ての投手が抱く究極の夢であり、候補に選ばれただけでも大変名誉なことだ。しかし、ダルビッシュが所属するレンジャーズの関係者とファンは、複雑な心境かもしれない。

 レンジャーズの地元紙『ダラス・モーニング・ニュース』のエバン・グラント記者は、ダルビッシュがサイ・ヤング賞候補に入ったことで、ダルビッシュがレンジャーズの選手としてプレーする期間が短くなる可能性が高まったことを指摘した。

 ダルビッシュは現在、レンジャーズと2012年から2017年までの6年契約を結んでいるが、契約最終年の6年目は成績次第で“破棄”してフリーエージェントになることができる。
 破棄が可能になる条件は「2012年から2016年の間に1度サイ・ヤング賞を受賞し、かつ同期間に1度サイ・ヤング賞投票で2〜4位に入る」こと。あるいは「2位を1度、2〜4位を2度」でも、やはりフリーエージェントになることができる。

 現行の契約では、ダルビッシュの6年目の年俸は1100万ドル(約11億円)。メジャーの相場、およびこの2年間のダルビッシュの成績を考慮すると、この金額は“大バーゲン”だ。ダルビッシュとしては、上記の条件をクリアしてフリーエージェントになり移籍市場に出た方が、確実により高額の長期契約を手にすることができる。
 つまり、レンジャーズは「ダルビッシュには活躍してほしいが、活躍し過ぎると(安く)保有できる期間が短くなってしまう」というジレンマを抱えているのだ。

オールスターファン投票結果もインセブティブ対象に

 この契約内容は、2011年オフにダルビッシュがレンジャーズと契約する際、エージェント(代理人)と球団が交渉を重ねた上で作られたもの。エージェントは選手に少しでも良い待遇を提供するため、一方の球団は選手を少しでも安く保有するため、お互いの妥協点を探り合う。この作業こそが、エージェントと球団GMの仕事である。

 契約社会・米国のプロスポーツ界では、こうした細かなインセンティブまで盛り込んだ契約が一般的だ。例えば上原浩治の場合は、今季ボストン・レッドソックスと1年契約を結んでいたが、今季「55試合以上登板」もしくは「25試合完了(リリーフ登板し試合終了まで投げること)」をクリアすると自動的に契約が1年延長される条件が含まれていた。今季レギュラーシーズン73試合に登板し条件を軽々クリアした上原は、来季もレッドソックスの一員としてプレーすることが今季途中の時点で決まった。

 イチロー(ニューヨーク・ヤンキース)も、渡米した2001年にマリナーズと3年総額1400万ドル(当時のレートで約16億円)の契約を結んだが、その契約内容は複雑だった。200打席をクリアしたら40万ドル、250打席をクリアしたら80万ドルといった具合に打席数に応じたインセンティブが設けられた。メジャー史上初の日本人野手だったイチローはその実力が未知数だったため、球団はもしイチローが期待外れに終わった場合に不良債権化するリスクを恐れ、成績が年俸に大きく反映されるような契約内容にしたのだ。

 イチローはまた、「オールスターファン投票で最多得票なら7.5万ドル」「ワールドシリーズMVPを獲得したら10万ドル」といった細かいボーナス条項も有していた。自身の人気値=自身の付加価値という明確な方程式が完成しているメジャーでは、ファン投票の結果さえもインセティンブ契約の一部になり得る。

ボーナスの権利を主張せず監督に怒られた新庄氏

 日本人選手絡みでは、こんなエピソードもある。

 2002年にサンフランシスコ・ジャイアンツでプレーした新庄剛志氏は、400打席到達でボーナスが支払われるインセブティブ契約を結んでいた。394打席でレギュラーシーズン最終戦を迎えた新庄氏は6番センターで先発出場したが、当時ジャイアンツを指揮していたダスティ・ベイカー監督は試合前に「なぜ黙っていた! あと6打席だろ! そしたら今日だって1番で入れたのに!」と新庄に詰め寄ったという。

 ベースボールはチームスポーツだが、プロ選手は個人事業主だ。自身の権利は堂々と主張して当然。この日4回打席に立った新庄は結局、ボーナス獲得まで2打席足りなかった(もっとも本人は全く気にせず、この日メジャー初スタメンだった若手選手の活躍を喜んでいたという)。

 メジャーリーグの醍醐味は何と言っても、オンフィールドで選手たちが見せるダイナミックなプレーと、その結果生まれる筋書きのないドラマ。その舞台裏では、緻密ながらときに大胆な“プロの駆け引き”が日々繰り広げられている。

「少しでも先の塁を狙おう」という気持ちは、エージェントやGMも同じなのだ。

<了>
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著者プロフィール

1986年生まれ。2012年よりメジャーリーグを中心に取材し、各種媒体にコラムやエッセイを寄稿。今年3月より『ダ・ヴィンチNEWS』にて、東京のカープファンを題材にした連載小説「鯉心(こいごころ)」(http://ddnavi.com/news/232480/)を執筆中。

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