華麗なKO劇を見せた井岡一翔の進む道

城島充

7RKOに至るまでの見事な展開

挑戦者シスモーゼンの奮闘を受け止めながら、それを凌駕する分厚い攻撃を仕掛けて7RKO勝ちに繋げた井岡 【写真は共同】

「リングを降りれば、また課題が見えてきました」――鮮やかなKO防衛の余韻が残るなか、報道陣の囲み会見に応じたWBAライトフライ級王者の井岡一翔は、最初にそんな言葉を口にした。「防衛できたうれしさよりも、冷静に試合を振り返ってしまうんです」と。12歳でボクシングを始め、振り返ればアマチュアからプロに至るすべての試合で同じような作業を繰り返し、ここまで上りつめてきた。そしてこの夜、24歳の王者が常に口にする「自分にしかできないボクシング」の完成形が、うっすらと見えてきたのではないか。

 元WBAミニマム級王者で同級5位の挑戦者クワンタイ・シスモーゼンにテンカウントを聞かせたのは、7回2分17秒。左ジャブを2発打ったあと、その左拳をボディからアゴに返してタイ人の意識をとばしたのだが、フィニッシュに至るまでの展開も見事だった。
「体と気持ちが連動するまで時間がかかった」と本人が振り返ったように、この日の井岡は初回から積極的に攻めた。右ボディからワンツー、左アッパーへとつなげるコンビネーションも披露したが、クワンタイも43勝(22KO)1敗1分という戦績を裏付けるように、左右のフックを危険なタイミングと角度で打ち込んでくる。2回も右の相打ちのあと、右アッパーを突き上げて観客をどよめかせた。
 だが、王者は挑戦者の奮闘を受け止めながら、それを凌駕する分厚い攻撃を仕掛けていく。5回に左アッパーの連打や右ショートでクワンタイの戦力をそぐと、6回には「流れのまま攻めていけば、相手に読まれてしまう」と手数を控えてカウンターを狙う。7回はボディの連打から一気にラッシュ、クワンタイのダメージと余力をしっかり見極めながら、最後のシーンに繋げた。

自分にしかできないボクシング=KO

「(この階級で具志堅用高氏以来となる)3連続KO防衛も意識した」と王者は振り返ったが、気持ちが体より先走った理由はそれだけではないだろう。
 ことし4月に日本ボクシングコミッション(JBC)がIBFとWBOを承認、日本人の現役世界王者は10人にまで増えた(暫定王者はのぞく)。さらにロンドン五輪のミドル級で金メダルを獲得した村田諒太が鮮烈なプロデビューを飾り、同じライトフライ級にもプロ4戦目で日本王者になった井上尚弥がいる。
 そうしたなか、井岡が究極の目標として掲げる「伝説のボクサー」になるには何が必要なのか。その答えが「自分にしかできないボクシングを披露し続けること」でもあるのだが、それはKOとイコールで結ばれている。

 力んだことを自覚し、修正する能力と冷静さに加え、粘る相手を多彩で的確なパンチと理詰めのコンビネーションで崩しながら、最後は一気に仕留めた7ラウンドの攻防は、彼でしかできないボクシングへの興味と期待を膨らませてくれた。父親でトレーナーでもある一法氏が「教えてる僕自身は倒すことをそれほど意識していない」と試合後に語ったのも印象的だ。2人の意識の差が、リングでどんな形で現れたのか。これまでと同様、その検証と二人三脚での研さんが王者をさらなる高みに導くだろう。だからこそ、気になるのが今後のプランだ。

海外の強豪と拳を交える姿が見たい

 フライ級の王座を狙う3階級制覇について一法氏は「王者陣営がチャンスを与えてくれれば」と、交渉を本格化させる姿勢を示した。現在、フライ級の王者はWBCが元ミニマム級王者で井岡が王座統一戦で勝った八重樫東、WBAのスーパー王者がWBOのベルトも巻くファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)、正規王者がファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)、IBF王者がモルティ・ムタラネ(南アフリカ)だ。
 さらに、WBAライトフライ級のスーパー王者で、多くのファンが対戦を熱望するローマン・ゴンサレス(ニカラグア)もフライ級への転級を口にしている。個人的にはライトフライにとどまって井上の挑戦を受けたり、フライで八重樫と再戦するよりも(日本のボクシング界は盛り上がるだろうが)、海外の強豪と井岡が対峙する風景を見てみたい。

 階級も認定団体も増えた今、複数階級制覇は確かにすごいが、一方で対戦相手や試合内容がこれまで以上に問われていくはずだ。極論すれば、伝説はたった一戦で築くこともできる。そしてこの夜のKO劇を見たあと、こう断言することに躊躇はない。どんな強豪と拳を交じえても、井岡一翔には伝説のボクサーになれるチャンスがある、と。
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著者プロフィール

関西大学文学部仏文学科卒業。産経新聞社会部で司法キャップなどを歴任、小児医療連載「失われた命」でアップジョン医学記事賞、「武蔵野のローレライ」で文藝春秋Numberスポーツノンフィクション新人賞を受賞、2001年からフリーに。主な著書に卓球界の巨星・荻村伊智朗の生涯を追った『ピンポンさん』(角川文庫)、『拳の漂流』(講談社、ミズノスポーツライター最優秀賞、咲くやこの花賞受賞)、『にいちゃんのランドセル』(講談社)など

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