ボルト、瞬間を全力で駆け抜けた世界陸上=3冠達成も疲労色濃く リオで引退へ

及川彩子

稲妻が走った100メートル決勝

雷雨の中、100メートルを制してウィニングランを行ったボルト。世界陸上モスクワで新たな伝説を加えた 【Getty Images】

 まるで映画のワンシーンのようだった。
 ウサイン・ボルト(ジャマイカ)がフィニッシュした瞬間、スタジアム上の空に閃光が走る。漆黒の肌は雨に濡れ、輝いて見えた。
 9秒77。
「やった」という表情を浮かべながら、そのまま60メートルほど駆け抜けるボルトを、大勢のカメラマンがレンズを向けながら、必死の表情で追いかける。
 新たな伝説を付け加えた瞬間だった。
  
 現地時間18日に閉幕した世界陸上モスクワ大会。10日の男子100メートル予選に登場したボルトは、余裕の走りで10秒07。スタートとトラックを確認するような感じの走りだった。翌日の準決勝では、3組に。この組で今季9秒台を出しているのは4レーンのマイク・ロジャーズ(米国)と、5レーンのボルトの2人のみ。号砲とともに飛び出したのはロジャーズ。ボルトは反応タイムは悪くはなかったが、スタートから加速でもたつき、ロジャーズに遅れる。追いついたのは、ゴール手前。2人で並ぶようにフィニッシュラインに駆け込んだ。隣のロジャーズがちらりとボルトを見たが、ボルトには格下の選手になめられたという思いもあったのだろうか。それともスタートへの不安を再び感じたのか。ちょっと不満そうな表情で引き上げた。

 11日21時50分。決勝を迎えたルジニキスタジアムには激しく雨が降っていた。この大会のために数年前に張り替えられたモンドの青いトラックは、鮮やかなブルーに濡れていた。スタジアム内は屋根に覆われていたため、さほど風は強くなかったが、選手のウォームアップ場は突風でテントが吹き飛ばされるなど、まさに「嵐」の様相だった。
「正直、レースは延期になるんじゃないかと思った」
 レース後にジャスティン・ガトリン(米国)が話すように、コンディションは最悪だった。

世界新ならずも鮮烈に印象に残った走り

 選手紹介の際も、選手たちには大きな雨粒が容赦なくたたき付ける。唯一の非アフリカ系選手で、前回テグ大会で200メートル銅メダルのクリストフ・ルメートル(フランス)は3レーン、ジャマイカのニッケル・アシュミードが4レーン、ボルトの最大のライバルと目されるガトリンが5レーンに、ボルトは6レーンに入った。隣の7レーンには練習パートナーでもあるケマー・ベイリーコール(ジャマイカ)、スタートの名手ネスタ・カーター(ジャマイカ)が8レーン、ロジャーズは9レーン。ジャマイカ4選手、米国2選手、フランス、イギリスの選手がスタートにつく。
 ボルトは、スタートが得意なガトリン、カーターには遅れをとったが、まずまずの走り。50メートルまでガトリンに先行されたが、そこからボルトが地力を見せた。大きなストライド、腕を大きく振り、70メートル地点でガトリンに並ぶと一気にかわし、そのまま一気にフィニッシュラインに駆け込んだ。

 総立ちの観客の前を、ジャマイカの旗を体に巻き付けてウィニングランを行う。地元の英雄、ボブ・マーリーの音楽が流れるスタジアムを勝利を噛み締めながら、ゆっくりゆっくり歩いた。そして再びホームストレートに戻ると、6レーンのフィニッシュライン上で、おなじみとなった『サンダーボルト』ポーズをとった。

 前回のテグ大会では悪夢のフライングで失格。3冠を取り続けることを使命にしてきたボルトにとって、テグの100メートルは忘れ去りたい思い出だった。今回はコンディションも上がらず、記録に期待ができない状況だった。ごく普通のタイムではファンは満足しないことを、嫌というほど分かっていただろう。
 決勝の30分前に、突然、嵐が起き、記録への期待は一気に低下した。だが、稲妻が夜空を切り裂く中、ボルトがフィニッシュラインを駆け抜ける姿は、世界記録を出した時と同じくらい鮮烈な印象を残した。

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著者プロフィール

米国、ニューヨーク在住スポーツライター。五輪スポーツを中心に取材活動を行っている。(Twitter: @AyakoOikawa)

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