長谷川穂積の最終章を見届けよ――=前哨戦は全盛期を彷彿させるKO劇

城島充

キャリアと工夫で「意味のある2分」に

世界前哨戦に見事2分32秒、KO勝利を飾った長谷川 【t.SAKUMA】

「内容よりもダメージがない試合を目指してたので良かった」――元世界2階級王者の長谷川穂積(真正ジム)は、わずか152秒のKO劇にも冷静さを失わなかった。WBC世界フェザー級王座を失ってから2年4カ月。「待つことも、自分が強くなるチャンスやと思ってますから」。かつて``絶対王者''と呼ばれた男は、一戦ごとに新たな心境と向き合いながらボクサー人生の最終章を迎えようとしている。

 今年4月の前戦ではタイの国内ランカーを3回TKOで下したものの、身体全体に力みがみられ、相手のパンチを不用意に被弾する場面もあった。かつて栄光をつかんだ多くのボクサーの晩年がそうであったように、長谷川も自らの肉体に精神が裏切られるときが来るのではないか――。そんな思いも脳裏をよぎったが、「今までの前哨戦より先がはっきり見えていたから、モチベーションが違った」というこの夜の動きは素晴らしかった。

 26歳にして42勝(34KO)15敗と豊富なキャリアを誇るメキシコ・スーパーバンタム級王者のヘナロ・カマルゴに対し、立ち上がりからスピードの差で距離を制圧した。なめらかなフットワークと連動した上体の動きもスムーズで、50秒すぎには鋭く踏み込んで左ストレートを顔面にヒットさせる。

 最初のダウンは1分50秒すぎ。左をボディへ放ったあと、目線を下に残したままつなぎの左を顔面へつなぐと、メキシカンは腰を落としてカウントを聞く。激しい打ち合いを何度も制してメキシコ国内のベルトを巻いたカマルゴも立ち上がって応戦したが、長谷川はすっと距離を縮めて左フックを角度を変えながら3連打。さらに左を振ってきたカマルゴに強烈なカウンターの左フックを叩き込んでマットに沈めた。

 試合後に明らかにしたことだが、長谷川は7月中旬、ロードワーク中に右太ももを肉離れしていた。だが、32歳になった元王者は「それを乗り越えてやってきたことが出たことが大きい。たった2分くらいやったけど、意味のある2分だった」とキャリアの厚みを感じさせる言葉を口にした。ジムワークを再開したあとも痛めた足を考慮し、短い距離でのパンチ力を強化してきたのだという。裏切ろうとした肉体をキャリアと工夫でコントロールし、センセーショナルなKO防衛を続けていたバンタム級王者時代を彷彿とさせる見事な倒しっぷりにつなげたのだ。

「究極の自己満足のためにベルトを巻きたい」

 これで再起後4連勝。次こそ、世界戦になる公算が強い。所属ジムの山下正人会長も「階級はスーパーバンタム。ダメージを受けてないし年内くらい」と明言した。
 現在、同級はWBC王者がビクトル・テラサス(メキシコ)、IBFがジョナタン・ロメロ(コロンビア)、WBOがギレルモ・リゴンドー(キューバ)、そしてリゴンドーがスーパー王者に君臨するWBAは正規王者が不在で、近く1位のスコット・キッグ(英国)と2位のヨアンドリス・サリナス(キューバ)によって王座決定戦が行われる。長谷川自身は最強王者のリゴンドーとの対戦を熱望しているが、WBAの新王者へ挑む可能性もある。
「形として証明したいものはもうありません」
 フェザー級王座から陥落して以来、長谷川はずっとそう言い続けてきた。
「ボクシングが好きだという思いを持ったまま、世界の頂点に立ちたい。僕にとって3つめのベルトは究極の自己満足なんです」

 そのためのリングでどんなボクシングを披露してくれるのか。そして自らのための戦いを制したとき、すでに歴史に名を残しているボクサーの胸にはどんな感慨がわきあがってくるのだろうか。
 3階級制覇という記録だけではない。プロボクサー、あるいはチャンピオンという存在についての深い考察を、長谷川穂積は私たちに投げかけてくれそうな気がする。
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著者プロフィール

関西大学文学部仏文学科卒業。産経新聞社会部で司法キャップなどを歴任、小児医療連載「失われた命」でアップジョン医学記事賞、「武蔵野のローレライ」で文藝春秋Numberスポーツノンフィクション新人賞を受賞、2001年からフリーに。主な著書に卓球界の巨星・荻村伊智朗の生涯を追った『ピンポンさん』(角川文庫)、『拳の漂流』(講談社、ミズノスポーツライター最優秀賞、咲くやこの花賞受賞)、『にいちゃんのランドセル』(講談社)など

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