「不調」ボルトも高まる世界新の期待=敵はロシアの気候のみ!?

及川彩子

王座奪還に向けて臨戦態勢を整える

シーズン前のけがの影響もあり、硬いぎくしゃくした走りが目立つボルト。今季ベストも自己ベストに大きく及ばない 【Getty Images】

 2年に1度開催される陸上の世界選手権、通称「世界陸上」。今年は8月10日から18日までの9日間、ロシアのモスクワで開催される。大会の目玉はやはりスーパースターのウサイン・ボルト(ジャマイカ)だろう。2008年の北京五輪以降、陸上界のトップに君臨するボルトが、モスクワでどんな大きな花火を打ち上げるのか、世界中が注目している。

 100メートル、200メートルともに優勝候補の大本命はボルト。直前もしくはレース中のけがやフライングなどがなければ、金メダルは堅い。
 シーズンベストは100メートルが9秒85、200メートルが19秒73でともに今季トップ(編集部注:タイソン・ゲイが出した100メートルの記録は 薬物の陽性反応で抹消された)。自己ベスト(それぞれ世界記録)は09年ベルリン大会で出した9秒58、19秒19でそれには大きく及ばない。お祭り男のボルトは、舞台が大きいほど本領を発揮するタイプ。ロンドン五輪が行われた昨年もジャマイカ選手権でヨハン・ブレークに100メートル、200メートルの両種目で敗れ、五輪2連覇を危ぶむ声も出たが、本番ではきっちり3冠を達成している。前回の世界陸上テグ大会では100メートルの決勝でまさかのフライングを犯し、2連覇を逃しただけに、王座奪還に向けて、しっかりとピーキングして臨戦態勢を整えることだろう。

前半戦は不調…伸びのない「悪い時」の走り続く

 ロンドン五輪後、「世界陸上モスクワ大会では記録を狙う」と宣言し、充実した冬季練習を行っていた。3月には400メートルに出場し46秒44を出すなど、記録樹立を目指していたが、シーズンイン直前に右足を肉離れ。軽症だったが、休養をとらずに試合に出たこともあり、復調にかなりの時間がかかっている。

 5月4日、地元で行われたジャマイカ国際招待を欠場。その4日後にケイマン諸島で行われた大会に強行出場したが、記録は10秒09(追い風0.3メートル)と平凡なもの。同じジャマイカのケマール・ベイリーコールと同タイムで辛勝した。スタートから出遅れたボルトは、らしくない硬いぎくしゃくした走り。フィニッシュライン間際でベイリーコールに並ぶという危ない走りだった。

 それから1カ月後の6月6日ダイヤモンドリーグ(以下、DL)ローマ大会では、9秒94(追い風0.8メートル)で走ったジャスティン・ガトリン(米国、ロンドン五輪100メートル3位)に0秒01遅れる9秒95。その後、ジャマイカ選手権では向い風1.2メートルの下、9秒94。風とタイムを考慮すると、それほど悪くはないが、問題は伸びのない走り。好調の時は、チーターのように全身をしならせ、リズミカルな走りをするが、悪い時には、背中が強ばり、無理に手足を、特に腕を大きく振ってなんとか前に進もうとする。その「悪い時」の走りだった。

 100メートルの今季ベストは、7月26日にDLロンドン大会で出した9秒85(追い風0.2メートル)。しかし、春先の右大腿(だいたい)部のけがにより、脊椎側わん症の持病がある背中にも負担が出たのか、本来のしなやかな走りはまだ取り戻せていない。特に100メートルは足や腰に大きな負担がかかるスタートで出遅れ、加速部分からのトップスピードに乗るまでに時間がかかっている。しかし、状態が悪い中で9秒85を出せているのが、ボルトの強さでもある。地力がある証拠だろう。

 全米選手権で今季最高となる9秒75を出し、ボルトの最大のライバルと思われていたタイソン・ゲイ(米国)は7月中旬にドーピング検査で陽性反応が出て、今大会は不出場。前回の世界陸上テグ大会でボルト不在の100メートルを制し、ロンドン五輪でも2位に入っているヨハン・ブレーク(ジャマイカ)はけがのため欠場を発表している。ボルトは常々、ゲイとブレークに関して「彼らの固い決意や実行力には恐れ入る」とコメントしているように脅威的な存在だった。しかし、この2選手の不在でボルトの優勝の可能性が一気に高まった。

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著者プロフィール

米国、ニューヨーク在住スポーツライター。五輪スポーツを中心に取材活動を行っている。(Twitter: @AyakoOikawa)

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