桐生祥秀がインターハイにこだわった理由=スーパー高校生たちが勝つ難しさ知った夏

曽輪泰隆

味わったことのない心地よい疲労感と充実感

世界陸上を直前に控えるも、インターハイで3種目にエントリーしすべてで優勝した洛南高・桐生 【写真は共同】

 大分を舞台に開催された最速・最強を目指した高校生たちの熱き戦い。全国高校総体(インターハイ)の陸上競技が7月30日〜8月3日に行なわれた。たとえ8月10日からモスクワで始まる世界陸上が控えていようとも、桐生祥秀(洛南高・3年)にとって“インターハイ”は、決して避けて通ることのできない舞台だった。
 予定の3種目(100メートル、200メートル、400メートルリレー)を走り終えた後の会見で、「インターハイのタイトルは、高校に入学した当初から常に目標としてきたもの。今後、競技を続けていく上でも、いろいろなことがあると思いますが、この夏の経験はきっと生きてくると思っています」。そう言って胸を張る姿が印象的だった。

 7月30日の男子400メートルリレー(4走)の予選から8月2日の200メートル決勝まで4日間で計9本。1本1本にこれまでの高校生活をぶつけるかのように、かろやかにそして力強く疾走。そのすべてをトップで駆け抜けた先に、待っていたのが、これまでに味わったことのない心地よい疲労感と充実感だった。
 大会2日目(7月31日)の100メートルは10秒19(追い風0.1メートル)、アンカーを任された翌日の400メートルリレーは40秒21、そして大会4日目の200メートルを20秒66(向かい風1.4メートル)で走破。100メートル・200メートルの個人種目はいずれも大会新記録。昨年11月のエコパトラックゲームズで、39秒64の驚異的な高校記録を樹立するなど、同校が最も力を入れている種目でもある400メートルリレーは、インターハイ初の頂点に立った。「100メートルはホッとした感じ。リレーは1年の時が4位(1走)、昨年が準決勝落ちとずっと仲間とともに優勝を目指してきたので100メートルの時より以上にうれしさがありました。最後の200メートルは疲れもありましたが、最後まで全力を尽くして終わりたかったので……」と、「総合優勝のためにも、絶対に取ろうと思っていた」同じ優勝でも、それぞれ違った味をかみしめた。

「インターハイは高校生にとって一番大切な試合」

 最後の200メートルはまさに満身創痍(そうい)のレースとなった。前日のリレーで怒涛(どとう)の追い込みを見せ頂点をもぎ取った代償が桐生の身体を容赦なく襲っていた。「朝から身体が重く、予選から極力ウォーミングアップを控え」疲労回復に努めた。準決勝では「20秒台後半の感覚だった」という中、21秒00。今シーズン初めて味わうスピード感と実際のタイムのズレに不安もよぎった。それでも向かい風1.4メートルの悪条件を突き20秒66の大会新記録をマークするあたりは突出した力の表れだと言えよう。

 他の選手とタイム&実力差があるとは言え、そこはまだ高校生。スポーツに絶対などあるはずもない。予選から変に手を抜こうものなら、すぐさまリズムを崩し取り返しのつかないことにもなりかねない。インターハイでも今回から世界陸上などと同様に「イングリッシュコール」が採用され、フライングも1回で失格となるルールとなった。桐生自身、今大会でもまだスタートはしっくりきていない様子。レース後も「出だしの1歩目など、世界陸上までにしっかり調整したい」と話しており、もし心に隙間が生ずれば「フライング→失格」という事態もあり得なくもなかった。
 実際、最終日の女子100メートルハードル決勝では、優勝候補でもあり、七種競技をすでに制している選手がフライングで失格になるという場面も目にした。

「桐生効果」という言葉が生まれ、普段のインターハイの2倍以上の報道陣に加え、平日ながら100メートル決勝の際にはスタンドに1万人を超える観衆が詰めかけた。ゴールデンウィークの織田記念で10秒01をマークして以来、まさに異例ずくめの日々。それも「昨年の経験(優勝候補に挙げられながら100メートル5位、200メートル7位に終わった)があったからこそ」乗り越えられた。「インターハイは高校生にとって一番大切な試合」。そのタイトルの重さは経験した者でなければ知ることはできない。「本数をこなす中でもタイムを出せた」。タイトルに加え、またひとつ大きな自信、経験も手にすることができた。強行スケジュールで、疲れや暑さ、ケガの心配も確かにあった。それでもインターハイ出場にこだわった理由がそこにある。

日本選手権で活躍の杉浦、上原は苦杯舐める

 持ちタイムだけで勝てるほど高校生最高の舞台は甘くはない。日本選手権の女子400メートルを制し、ブロック予選にあたる東海大会でも400メートルリレー、1600メートルリレーを含め、短距離4冠(200メートル、400メートル、両リレー)を果たしていた杉浦はる香(浜松市立高・3年)も400メートルは前回覇者で日本選手権2位の大木彩夏(新島学園高・3年)に敗れ2位(54秒10)。大会記録は更新したものの大木には0秒44差の完敗だった。また、杉浦同様に同5000メートルで5位と健闘した上原美幸(鹿児島女子高・3年)でさえ、1500メートルでは決勝で最下位の16位、雪辱を期した3000メートルは、大会記録を更新した留学生のローズメリー・ワンジル(青森山田高・3年)らに敗れ9分07秒58の3位。日本人トップの座はかろうじて守ったものの、目標の8分台、タイトルには届かなかった。

 世代を超えたアスリートたちが、結果はどうあれ、勝つことの難しさを知った夏。この経験をどう生かすか。真価が問われる秋を楽しみに待ちたい。

<了>
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著者プロフィール

1967年奈良県生まれ。早稲田大学教育学部卒。大学時代は早稲田大学陸上競技同好会に所属。卒業後は、アメリカ留学(陸上競技、コーチング)を経て奈良新聞社に入社。その後フリーに転身。『陸上競技マガジン』(ベースボール・マガジン社)などでライターとして活動している。

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