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町工場からソチ五輪につなぐ夢
下町ボブスレーの知られざる挑戦

「氷上のF1」に東京の町工場が殴りこみ

大田区の町工場の力を結集して製作した『下町ボブスレー』。海外からの関心も高く、来年のソチ五輪出場を目指している
大田区の町工場の力を結集して製作した『下町ボブスレー』。海外からの関心も高く、来年のソチ五輪出場を目指している【大田区産業振興協会】

 2014年2月、ロシアの保養地ソチで開催される冬季五輪。15ある実施競技のひとつにボブスレー競技がある。流線型のソリに4名、あるいは2名の選手が乗り込み、専用コースを時速130〜140キロのスピードで走りタイムを競うというスポーツだ。もともとはシンプルなソリ競技からスタートしたボブスレーだが、近年では各国とも研究技術に力を入れており、イタリアチームのフェラーリ、ドイツチームのBMW、さらにはイギリスチームのマクラーレンなど、世界の一流自動車メーカーや、さらには航空宇宙関連企業・機関などがしのぎを削る、まさに「氷上のF1」とでも呼ぶべき状況になっている。


 そんな生き馬の目を抜くボブスレーの世界に、日本から殴りこみをかけるのが「大田ブランド」という東京・大田区にある4000もの町工場のネットワークである。日本の町工場の技術力といえば、スマートフォンの部品から人工衛星に至るまで、あらゆる製品で利用されて国際的にも高い評価を得られていることで知られている。にしても、なぜボブスレーだったのか。町工場と冬季五輪競技という、なかなかイメージし難いマッチングは、どのように生まれたのか。さっそくその仕掛け人たちの言葉に耳を傾けてみることにしたい。

「五輪で金メダル獲ろうぜ!」という分かりやすい目標

下町ボブスレープロジェクトの発起人である小杉氏(左)と初動段階から参加している舟久保氏(右)。プロジェクト開始から、これまでの経緯を語ってくれた
下町ボブスレープロジェクトの発起人である小杉氏(左)と初動段階から参加している舟久保氏(右)。プロジェクト開始から、これまでの経緯を語ってくれた【宇都宮徹壱】

 取材に応じてくれたのは、大田区産業振興協会主任コーディネーターの小杉聡史さんと株式会社昭和製作所副社長の舟久保利和さん。おふたりとも今回のプロジェクトの初動段階から関わっている中心メンバーだ。まずは「大田ブランド」とは何か。答えてくれたのは小杉さんである。


「大田ブランドというのは、いわゆる『自転車ネットワーク』でして、ここには4000くらいの工場があるんですけど、たとえばウチは金属加工に特化しているけれど、熱処理だったらあそこの工場がいいということで、それこそ自転車で行けるくらいのネットワークでやっている『ものづくり』をブランド化しようという組織なんです」


 では、その大田ブランドとボブスレーはどうしてつながったのだろうか? 小杉さんは「大田ブランドのイメージをPRするためです」と即答した。


「たとえば東大阪の『まいど1号』(人工衛星)とか、墨田区の『江戸っ子1号』(深海探査機)とか、それぞれの町工場が技術力をアピールするものを作っているわけですが、大田区の場合はスポーツの分野でいこうと。世界中の注目を浴びる大会といえば、五輪。ただし、夏季よりも冬季のほうが用具を使う競技が多いし、大手(メーカー)も入っていないので、ウチらでもできそうだと。そこでソリ競技のボブスレーが一番いいのではないかと思ったわけです」


 てっきり私は、JBLSF(日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟)が町工場にオーダーしたのかと思ったのだが、どうやら逆だったようだ。とりあえずプロジェクトを立ち上げるには、仲間集めからスタートしなければならない。とはいえ、いきなり「ボブスレーを作りませんか?」と声をかけたところで、職人気質の経営者は目が点になるばかりだろう。それでも、昨年9月に行われた最初の説明会では32社が集まり、今年2月の第2号機の説明会では100社にまで増えたという。これほど町工場の経営者たちの賛同を得たのはなぜか。自身、町工場の3代目である舟久保さんはこう語る。


「やっぱり『五輪に出ようぜ』とか『金メダル取ろうぜ』っていうのは分かりやすいじゃないですか。これまでも、みんなで集まって『何かやろうよ』って話はけっこうあったんですけど、なかなか目標が定まらなかったり、お金の問題があったりして頓挫することが多かった。でも今回は、目標も課題も明快で、そこは大田ブランドが得意とするところでもあったんですよね」

各国の技術の粋が集まる「ランナー」

 五輪競技用のボブスレーをイチから作る。しかも、競技に関する知識もなければ、いざ作ろうにも図面さえない。はっきり言って、相当に無謀なチャレンジに思える。果たして大田ブランドが1号機を製作するにあたり、どのようなプロセスがあったのだろう。


 まず彼らが協力を依頼したのは仙台大学だった。実はこの大学、ボブスレーやスケルトンやリュージュなど、ソリ競技が盛んなのだそうだ。そこで大学が今でも使用している20年ものの古い2人乗りのソリを解体して、設計図を起こすことになった。このうち、カーボン製のボディーに関しては、レーシングカーの制作で有名な童夢の関連会社「童夢カーボンマジック(註:今年4月に東レに買収され、「東レ・カーボンマジック」に社名変更)」が担当。大田ブランドは、主に金属でできているソリのフレーム部分とランナーを担当することになった。小杉さんは語る。


「このソリの刃の部分、『ランナー』というのですが、ここのレギュレーションが最も厳しくて、スイス製の素材を使わないといけないんです。何も加工していない状態なら、4本で15万円くらいなんですけど、ドイツで買った既成品で60万から70万しました。このランナーのどこに支点があるのかとか、アールの具合とか、そこにいろいろなノウハウがあるんですけど、そこはもう国家機密級なんです。ですので、東大の摩擦学の先生にアドバイスいただきながら、一緒に作っていこうという感じです」


 小杉さんの話を聞けば聞くほど、ランナーというのは奥が深い。さらに、こんなことも教えてもらった。


「このランナーの部分は、テクニカルなコースとか、直線が多いコースとか、コースによって加工を変えるんですね。あとは温度。マイナス5℃とマイナス10℃とでは氷上の滑りが変わってくるので、強豪国はそれに合わせて10本ぐらい(ランナーを)持っている。F1のタイヤ交換みたいな感じですから、まさに『氷上のF1』ですよね」

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)。近著『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。自身のWEBサイト『徹壱の部屋』(http://tetsumaga.com/tete_room/)でもコラム&写真を掲載中。また、「宇都宮徹壱ウェブマガジン」(http://www.targma.jp/tetsumaga/)も配信中