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町工場からソチ五輪につなぐ夢
下町ボブスレーの知られざる挑戦

10日間ですべての部品が完成、一発で組み上がる

小さな部品に分かれているボブスレー内部。それぞれの工場で部品を作ったにも関わらず、一発で組み上がったことが大田区の町工場の技術を物語っている
小さな部品に分かれているボブスレー内部。それぞれの工場で部品を作ったにも関わらず、一発で組み上がったことが大田区の町工場の技術を物語っている【大田区産業振興協会】

 ここであらためて、プロジェクトの経過を振り返ってみたい。


 主要メンバーが揃ってのキックオフ・ミーティングで、初めてボブスレー競技のレクチャーを受けたのが2011年の12月13日。翌12年1月31日、仙台大学所有のソリを借用し、滋賀県にある童夢カーボンマジックにて構造確認。9月18日、第1号機の説明会が行われて協力企業が32社集まる。それから1カ月半の11月1日には、JIMTOF(日本国際工作機械見本市)にて試作第1号機の完成品が展示され、12月12日と13日に、長野スパイラルコースにて女子トップチームが、26日には男子トップチームが、それぞれ試走を実施(余談ながら、長野スパイラルコースは、国内はもちろん、アジアでも今のところ唯一のボブスレーのコースである)。


 それにしても、何というスピード感であろうか。しかも驚くべきことに、第1号機の説明会の際、協力企業32社に「すべての部品を10日で作ってください」とお願いしたそうだ。とにかく11月1日のJIMTOFの展示に間に合わせなければならない。そのために200点ある部品を「ウチならこれができる」「じゃあ、ウチはこっちで」という感じで32社に振り分け、10日後に「せーの!」と一発で組み上がったというのである。


 もちろん、どの工場もボブスレーのパーツを作るのは初めての試みだ。それでも「短期間で精度のある製品を作るのが、大田区の強みですから」と小杉さんが言えば、「別々に作っていても、それまでの経験と付き合いがあるから、100分の1単位で大きくしたり小さくしたりすることで、ピタリと部品がはまるんですよね。それこそが職人技なのだと思います」と舟久保さんも実感を込めて語る。JIMTOFでの展示では、関係者はもちろんメディアからも注目を集め、昨年12月には長野での試走に成功しただけでなく、女子チームが全日本大会優勝を果たしている。そして今年3月6日には、今度は海外でも力試しということでアメリカンズカップに出場。男子2人乗り部門では20チーム中7位という好成績を収めた。


「アメリカンズカップというのは、W杯の次くらいの位置づけの国際大会です。本当はもうちょっと上にいけたとも言われているんですけど、いろいろと経験できたのは大きかったですね。国産のソリでボブスレーの国際大会に出場したのは、おそらくこれが初めてです。実はその前の1月に、国際ボブスレー・トボガニング連盟のフェリアーニ会長が来日した際に、わざわざソリを視察に来ていただいて、大絶賛していただきました」(小杉)

ボブスレー開発の向こう側にあるもの

 かくして、第1号機は一定以上の成果を収めることができた。だが、大田ブランドの目標はここではない。目標はあくまでもソチ五輪、そしてボブスレー競技でのメダル獲得である。すでに大田ブランドでは、第1号機のデータを解析して第2号機の製作を開始。今年9月の完成を目指すという。小杉さんによれば、第1号機の設計図を古いソリから起こしたのは、結果として正解だったそうだ。


「あの1号機は、20年前くらいのソリを参考にしていたので、ベーシックな造りなんですよ。『それが良かった』と国際連盟の会長もおっしゃっていました。他国の有名車メーカーでさえ、最新の技術を盛り込みすぎたせいか、速いソリとならなかったそうです。いずれにせよ、わたしたちの強みは、一度作ればある程度の構造は分かるので、そこからどう改良を加えていくかですね」


 勝手連的にスタートした大田ブランドの挑戦だったが、その後JBLSFと包括協力協定を結び、今後は選手の生の声を生かしながら第2号機の開発に当たっていくという。「ボブスレーって、基本的にアジアではまだまだマイナー競技なので、そうした中で、われわれのようにお金がない状況でも自然発生的にボブスレーで盛り上がっているというのは、おそらく国際連盟にとっても有難い存在に映っているんじゃないでしょうか」と語るのは舟久保さん。ちなみに大田ブランドとしては、このプロジェクトで利益を得ることは考えていないそうだ。


「わたしたちとしては、これ自体をビジネスにしようっていうのは正直ないんです。むしろ、ボブスレーで得たノウハウから派生してきたものを、わたしたちの今後の仕事に還元していくことを目的としているわけで、その価値を共有できる企業だけが残っている。実際、第1号機の部品の製作も、各社すべて無償で作ってもらいました。逆にお金の話があったら、たぶん1号機もできなかったと思うんですよ」


 いかにも町工場的な発想と言えよう。実際、大田ブランドでは、このプロジェクトで得たノウハウを、いずれ航空機分野への進出に活かしたいと考えているようだ。とはいえ現実問題として、やはり開発費用は必要である。第2号機の予算は、製作や試走などを含めて、総額5000万円。町工場の力では、いかんともし難い金額だ。その点は小杉さんも認めている。


「大田区からは、開発補助金として1000万円を頂いたんですけど、あくまで『新製品』ということでの補助金だったので、第2号機となると難しい。これからは募金とスポンサー集めに注力する段階だと考えています」


 ソチ五輪は来年2月16日に開幕。大田区の町工場からスタートした壮大なプロジェクトは、果たしてソチの表彰台まで到達するのであろうか。それにしても、フェラーリやBMWやマクラーレンの向こうを張って、日本の町工場が世界を目指す――。ボブスレーに興味がない日本人でも、つい応援したくなるようなストーリーであることに間違いはないだろう。

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著はスポーツナビでの連載をまとめた『J2&J3 フットボール漫遊記』(東邦出版)

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