落合啓士「次こそパラリンピックに」=ブラインドサッカー日本代表主将が描く夢

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世界大会出場へ、会社を辞めて練習に打ち込む

協会事務局長の松崎(右)は、トラブルメーカーだった過去の落合と現在を比較して、「びっくりするくらい変わった」と話す 【宇都宮徹壱】

 仲間と優勝を分かち合う素晴らしさを知った落合は、日本代表の復帰も考えるようになった。05年8月、落合がメンバーから外れたアジア選手権(ベトナム)で日本は優勝。翌年11月にアルゼンチンで開催される世界選手権への出場権を獲得した。目が見えたときはサッカーのW杯出場を夢見ていたほどだ。世界大会に出場できるとなれば、これほどうれしいことはない。だが、自分の名前はメンバー表に入っていなかった。落合は日本代表に復帰するため、これまで勤めていた会社を辞めて、無職のまま朝から晩まで練習に打ち込んだ。

 待望の代表復帰は、世界選手権直前の06年8月。メンバー落ちから実に約1年2カ月が経過していた。落合は、復帰したときに風祭監督がかけてくれた言葉をいまも鮮明に覚えている。

「『思ったより戻ってくるのが遅かったな。お前も案外弱いんだな』と言われました。そのときに、この人にはめられたなと気づきましたね(笑)。風祭監督は『どうせサッカーが好きだから戻ってくるだろう』という策略があったみたいです」

 こうして代表に復帰した落合は、その後もチームをけん引。現在はキャプテンも務めるほど周囲からの信頼も厚い。もちろん、チームメートを叱咤(しった)激励することをやめたわけではない。厳しさが必要だという考えは変わらないままだが、頭ごなしの批判はなくなった。当時を知る日本ブラインドサッカー協会事務局長の松崎英吾は、落合の変化を実感している。

「いまもピッチではかなり発言が多いですし、厳しいことを言ったりもしているんですけど、チームのためというスタンスです。昔は彼がいると、味方を批判するから練習もうまく回らなかった。それを考えると、いまのピッチでの声の出し方と、当時では根本的に違います。本当にびっくりするぐらい変わったと思います」

遠征や国際大会に自費で出場

ブラジルなどの強豪国と比べ、日本はまだ環境面で劣っている。その差をどうやって埋めていくかが今後に向けての課題となる 【宇都宮徹壱】

 ブラインドサッカーを取り巻く現状は厳しい。代表選手のほとんどが仕事を持っており、月に1度、1泊2日の合宿ができればいいほうだという。昨年の年間合宿数は7回で、パラリンピック3連覇中のブラジル(10回)、ロンドン大会3位のスペイン(5回)、北京大会2位の中国(8回)と回数では変わらないものの、延べ日数で見ると日本は16日、ブラジルは70日、スペインは50日、中国は120日と一気に変わってくる。他国は長期の合宿を組む体制が整っている。こうしたなかで、日本は世界の強豪と伍していかなければならない。前述の松崎はこう語る。

「いつでも練習できる場所を確保することもそうだし、仕事もあるので、どう環境を変えていくかを考える必要があります。協会としては、スポンサー企業に所属する選手が、(代表)12人中8人いれば毎日のようにそろって練習できるんですが、なかなかそこまでいかないのが現状です。ただ、環境面での差を今後2年間ぐらいで埋めていきたいです」

 また、遠征や国際大会も自費で参加する。今回のアジア選手権でもひとりあたり25万円の費用が必要で、出場する選手は全額自己負担が予定されている。今秋の開催予定だったアジア選手権が急きょ5月に前倒しされたことで、スポンサーからの支援が間に合わなかったのだ。現在ブラインドサッカー協会のHP上で募っている寄付も目標金額200万円に対し、5月9日時点で16万1000円と約1割しか集まっていない。日本障害者スポーツ協会から出ている強化費も、パラリンピックに出場できなかった影響もあり削減されてしまった。

 厳しい状況は続くものの、選手たちから不満の声が挙がることはない。もちろん負担がないに越したことはない。ただ、高いお金を払ってでも出場する価値があると落合自身も思っている。逆に自分たちのふがいなさを悔しんでさえいた。

「僕らが結果を出せないから強化費が増えないんです。僕らが結果を出せば、協会としても、自分たちも楽になる。自分たちの努力で切り開いていきたいと思っています」

 中国を筆頭にアジアのライバルの壁は高い。パラリンピック出場はかなりの困難を伴うだろう。それでも落合は挑戦できることに喜びを感じている。「毎回、国歌斉唱をするときは鳥肌がたつんです」。日本代表としての誇りを胸に、ブラジルのピッチに立つ日を思い描いている。

(文中敬称略)

<了>

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