スパーズを高みに導くAVBとベイル=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

文字通りの「奇跡の逆転劇」演じたスパーズ

ベイルの得点などでシティーに逆転勝利を収めたスパーズ。奇跡という表現も決して大げさではない 【写真:Action Images/アフロ】

「奇跡の逆転劇」なんて見出しに見合うゲームもそうはお目にかかれないものだが、21日に行われたイングランド・プレミアリーグ第34節のトテナム(以下スパーズ)対マン・シティー戦なら素直に頷(うなず)いてもいいだろう。

 シティーというチーム(もちろん「最近の」であって「かの昔から」ではない)は二枚腰というか、苦戦していても妙に切羽詰まった様子を感じさせないところがある。例えばスパーズ戦のように先制してからなかなかゲームが動かず、終盤の勝負どころにきてポンと同点にされる。今までならそこからギアをぐんと入れ替えて再びリードを奪い、かさにかかってもう1点2点、という“横綱相撲”で完勝に持っていってしまう。昨シーズンの優勝の下地になったのは、そんな「結局はうちが勝ち切っちゃうさ」と言わんばかりの、敵を飲み込んでしまう、どこか不遜な優位意識だったのではないかとも考えられる。

 ところが、この試合はどうも勝手が違った。らしくない。簡単に言ってしまうと、ギアチェンジをしようにもさっぱり手応えがない。それを、気力や覇気の問題だったと言い換えてもいい。このことは、自陣の深い位置からゲームを観察し続けたシティーGKジョー・ハートもきっぱりと証言している。

「先制してからさっぱり(味方のフィールドプレーヤーの)足が動かない。セカンドハーフなんかは、ただそこにいるだけって感じだった」

 そして「そのツケをきっちりと払わされた」(ハート)のだ。

“大差”があった両チーム間の目的意識の違い

 ではシティーの「いったい何が(昨季と)違ってしまっていたのか」という問いに対する答えはさておき、この試合に限った両者の“差”に絞って考えてみよう。

 それぞれを取り巻く状況には明らかに“大差”があった。改めて思い起こしておくべきなのは、これがプレミアリーグの一戦だということだ。つまり、唯一残されたタイトルであるFAカップに早くも意識が飛んでしまっているシティーにとって、ホームゲームならまだしも、入れようにも力が入り切らないゲームだった。今さら誰がなんと言おうと、プレミア連覇はとうに諦めモードに入っている。ここでがむしゃらに意地を見せて1、2週間(ユナイテッドの優勝決定を)引き延ばしたところで、得るものはそう多くはない。(※22日の試合でユナイテッドのリーグ優勝が決定)

 一方のスパーズにとっては「マスト・ウィン(must win:絶対に勝たなければならない)」のゲームだ。それこそトップギアモードに入って“割り込んできた”宿敵アーセナル、そして同じくロンドンのライバル、チェルシーとの熾烈(しれつ)なトップ4(チャンピオンズリーグ出場権)争いに勝ち残るには、もはや1試合も落とすわけにはいかない。ヨーロッパリーグから脱落した今、スパーズに残された活路はそこにしかないのだから。
そんな目的意識の違い、もしくは“ある・なし”が、“ある方”(スパーズ)の劇的な逆転勝利を呼んだと見るべきだろう。

 もっとも、そうは言ってもこんな展開(残り15分前後からの3ゴール奪取)が可能になるとは、当のスパーズ・イレヴンとて予測もしていなかったはず。だが、ここで今季から指揮を執るアンドレ・ヴィラス=ボアス(以下、AVB)の、満を持した交代さい配がずばり吉と出る。そこに、先輩ジョゼ・モウリーニョとは違って、インスタントな成功から一転、挫折の苦い水を舐めたAVBの、したたかな状況判断と戦術眼があったのか。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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