スパーズを高みに導くAVBとベイル=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

ハドルストーンの可能性を引き出したAVB

ハドルストーンに復活のチャンスを与えるなど、したたかなさい配を見せるヴィラス=ボアス 【写真:Action Images/アフロ】

 すべては71分のジャーメイン・デフォー投入から始まった――と見るのが、およそ大方の共通した見解であったかと思う。デフォーならではの“風に乗って宙を滑る”ような動きが、狙い通りにシティーディフェンスを振り回し、もしくはその予感からパニックを引き起こす中で、DFの要、ヴァンサン・コンパニーの目先を狂わせ、結果的に決勝ゴールとなった2点目が生まれたのである。

 ここで、このタイミングでのデフォー投入は定番パターンだろう、と事もなげに解説するのは誰でもできる。しかし、真のポイントは、それまでさっぱり仕事ができないでいたエマヌエル・アデバヨールを、AVBがあえてここまで引っ張った事実ではなかろうか。

 すでにシティーの攻撃が(ダヴィド・シルヴァ不在のせいか)本来の変幻自在のアイディアやスピードを欠いていることを見て取ったAVBは、もっと早い時点での交代がかえって敵に(ギアを入れ直す)きっかけを与える危険性を“読んだ”。つまり、ぎりぎりまで弓を引き絞った。それがまんまと当たって勝ち越し点をプロデュースすることになったのだ。

 ――都合の良すぎる論理? 果たしてそうだろうか。なら、AVBが一味違う「読みの深い」さい配をしてみせたもう1つの(そして、これこそ真の)証拠を示そう。順序が逆になった。彼はデフォー投入の10分ほど前、デフォーが心置きなく本領を発揮できるための“布石”を打っていた、としたらどうか。それがトニー・ハドルストーンの起用だ。

 まず、スコット・パーカーに疲れの色が濃くなっていた。デフォーが前線で自由に“飛びまわり”、そこからゲームをひっくり返すには、中盤の引いた位置に堅固な“ロック”がほしい。そのままの意味でも、かつ、見た目にも。ハドルストーンはまさにそれだ。

 ルカ・モドリッチが仕切り、ファン・デル・ファールトが要のチャンスメーカーとして君臨していたころ、故障もあって休んでいたハドルストーンの影はめっきり薄くなっていた。一時は期限付き移籍から正式に放出する話も進みかけていた。ホールディングプレーヤーとしてはプレミア随一のガタイを誇る偉丈夫、ハドルストーンだが、パワーと豪快なキック力以外に目立った売りがない。つまり、腐りかけていた。だが、AVBは放出に待ったをかけ、焦らず徐々に復活のチャンスを与えた。ハドルストーンの茫洋(ぼうよう)としながらも存在感抜群の可能性を引き出し、自分の描くチーム再構築図のいわば“礎石”にしようと考えたのだ。

当代随一の才能を誇る「スパーズの顔」

「トニーがいるだけでチームが落ち着く。その若さから考えても彼はまだすべてを出し切っていない。この男を大成させることが私の仕事の1つかもしれない」

 AVBがいつか漏らしたこの“予言”は、今徐々に実りつつあり、この大事な一戦にもハドルストーンは大きく貢献している。クリント・デンプシーの同点ゴールはまさに、ハドルストーンのおぜん立てから始まった。そして、その重要なつなぎを演じたのがギャレス・ベイルだった。ベイルは今や紛れもない「スパーズの顔」だ。黙っていてもなんとかしてくれる頼もしい、文字通りのエース。しかし、何事も彼1人では成し遂げられやしない。ベイルが徹底マークに遭ったが最後、ゲームを優位にコントロールできないではどうしようもない。そこで、前線をかき回すデフォーやデンプシー、中盤の底にどっしりと構えるハドルストーンがものを言う。じっくりと記録を振り返ってみないと何とも言えないが、スパーズに得点力は、以上の4名がそろってピッチにいるとき、最も威力を発揮している印象がある。

 ただし、それも勝負どころでの勝利の方程式、スタメンから勢ぞろいではインパクトも効果も薄い――と、AVBは(今のところ)見切っている……と筆者はそう考えている。

 それにしても、ベイルがチームメートにおよぼす影響力、インスピレーションはやはりさすがだ。ちょうどハドルストーン、デフォーが登場する前後まで、可もなく不可もなくの印象だったのが、すかさず同点ゴールのアシストである。それも、足元の柔軟なスキルを証明する左足アウトサイドのパスで。そして、デフォーの勝ち越し点を挟んでとどめの一撃。絵になることを宿命づけられているように、主役の座を持っていってしまう。

 最近は同世代の天才、リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドと比較されることも多くなってきたようだが、“ライバル”の2人にないベイルだけのトレードマークは、あの、跳びの大きなドリブルだ。それが、大柄で手足の長い体型ともあいまって、見た目以上のスピードと威力をもたらす。いずれまた、ベイルについてはじっくり論じてみたいものだが、プレーヤーとしてのスケール、可能性は、当代随一と見る。その存在とAVBの柔軟で辛抱強いさい配があれば、スパーズの実力と地位は今後も上がる一方ではないか。楽しみである。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント