亀田興毅が露呈した王者の葛藤

城島充

自信や毒気がなかった試合後の会見

 WBA世界バンタム級タイトル6度目の防衛に成功したあと、王者の亀田興毅は「情けない試合をして申し訳ない」と、四方の観客席へ向かって土下座した。格下相手のマッチメイクや消極的なファイトを批判されながら、常に強気な態度や発言を繰り返してきた男が、この夜は違う姿を見せたのだ。打ち合いを挑み、何度かダメージを負いながらきん差判定を制した一戦は、彼の内面にどんな変化をもたらしたのだろうか――。

 その瞳に涙が光ったのは、リングを降りて花道を引き返すときだ。
「ほこりが目にはいっただけ」
 試合後の会見ではそうごまかしたが、その口調にいつもの自信や毒気はなかった。
「あかんもんはあかんし……。それだけの話」
「圧倒的な勝ち方をしたかったけど、できんかった。次がんばりたいとも言いたくない。なに言うても、今は意味ないから」
 これまでの彼は「4階級制覇」や「亀田三兄弟そろっての世界戦」という記録や話題性を積み上げていくことを戦うモチベーションにしてきた。だからこそ、どんなに苦しい試合のあとでも「どんなもんじゃ」と吠え、積み重ねた勝利の味をかみしめることができたはずだ。だが、この夜の亀田は、違う覚悟を持ってリングに上がっていたのではないか。

王者として今まで以上に問われた試合内容

 ボクシング界には今、大きなうねりが起きている。
 日本ボクシングコミッション(JBC)が、4月1日からそれまで認めていなかったIBF、WBOを承認したのだ。いわゆる4団体承認時代を迎え、世界王者への評価は明らかに変わりつつある。ベルトを腰に巻くだけでは評価は得られない。どんな試合をファンに見せて王者の権威を誇示するのか――。その内容をこれまで以上に問われる時代を迎えたのだ。
「頭一つ突き抜けないといけない」と、前日計量後に語った亀田自身もそうした時代の変化を敏感に感じとっていたはずである。
 同じく2−1の際どい判定で防衛を果たした前戦は、大柄なウーゴ・ルイス(メキシコ)の強打を警戒し、極端に手数が少なかった。消極的なボクシングスタイルが、“アンチ亀田”からの批判をさらに強めたが、今回はパノムルンレック・カイヤンハーダオジム(タイ)に対し、積極的に打撃戦を仕掛けた。そこには「圧倒的な内容で勝ちたい」という気持ちがあらわれていたが、その前のめりになった心を砕く予兆は2ラウンドに訪れた。

これまでとは違うメンタリティーを見せたが…

 パノムンラックの左アッパーでアゴを突き上げられ、ぐらついたのだ。だが、ここで弱気にならずに左右の拳を返したのも、これまでとは明らかに違うメンタリティーだった。
 実際、それ以降のラウンドはボディ攻撃で流れを手繰り寄せたが、ペースを握り続けることができなかった。リーチで6センチも劣る挑戦者の右ジャブをもらい続け、リズムを作れない。軽いパンチでも危険なタイミングでもらうため、ダメージを蓄積してしまう。8ラウンドと11ラウンドには右フックや左ボディを浴びて動きが止まる場面もあった。
 勝敗の行方は最終ラウンドまでわからなかった。だが、この3分間で挑戦者は手数を控えた。敗者となったタイ人は控え室で「2ポイントは勝っていた」と語ったが、敵地でのタイトル挑戦できん差という認識ならば、なぜ最後にラッシュをかけなかったのか。
 捨て身で向かってくる挑戦者を真正面から受け止め、はじき返すことで王者はその強さに厚みと凄みを加えていく。首をかしげるようなマッチメイクと、最終ラウンドに勝負をかけない挑戦者を相手にしていては、強い王者になれないのはある意味で必然である。

自らの葛藤を直視することが大事

 自らが紡いできた言葉から逃げることはできない。日本人ボクサー初の3階級制覇という看板からも同様だ。では、その言葉と看板に見合ったボクシングをするためにはどうすればいいのか。
 今、亀田興毅はその葛藤と向き合っている。
 8日の夜、東京で同じバンタム級のWBCベルトをかけて王者の山中慎介(帝拳)と挑戦者のマルコム・ツニャカオ(真正)が拳を交える。2人のボクサーに注がれるファンの視線は、WBA王者の背中に注がれるそれとは明らかに違う。
 その違いと自らの葛藤が奥底で重なっていることを直視することが、ベルトを死守した王者の今後に光を照らすと思う。
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著者プロフィール

関西大学文学部仏文学科卒業。産経新聞社会部で司法キャップなどを歴任、小児医療連載「失われた命」でアップジョン医学記事賞、「武蔵野のローレライ」で文藝春秋Numberスポーツノンフィクション新人賞を受賞、2001年からフリーに。主な著書に卓球界の巨星・荻村伊智朗の生涯を追った『ピンポンさん』(角川文庫)、『拳の漂流』(講談社、ミズノスポーツライター最優秀賞、咲くやこの花賞受賞)、『にいちゃんのランドセル』(講談社)など

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