日本敗北の理由は「運」だけなのか?=違いが表れた両チームのベンチワーク

宇都宮徹壱

ヨルダンの勝因は的確なチームマネジメント

ハマド監督は素早いベンチワークを見せ、チャンスを演出していた清武を封じにかかった 【写真:AP/アフロ】

「この試合の結果には非常に落胆しているし、落ち込んでいる状態だ。試合内容を考えると、もう少しわれわれに運が味方してくれても良かったと思う」(ザッケローニ監督)

 確かにこの試合、日本にもう少し運があれば、と思うことが多々あった(遠藤のPK失敗などは、その最たるものであろう)。とはいえ、ヨルダンが「運」だけで日本に勝利したとは到底思えない。敵将のアドナン・ハマドは、2年前のアジアカップでも日本を存分に苦しめている(終了間際の吉田のゴールで何とか1−1のドローに持ち込んだ)。今回もハマドは、ドーハでのカナダ戦を視察するなど綿密に日本をスカウティングした上で、的確なチームマネジメントによってヨルダンの歴史的勝利を演出した。

 最初に「おや?」と思ったのは、前半38分でのサフランOUT/ハサンINの交代。この意図について会見で尋ねてみると「サフランは若いがすぐに疲れる選手だったので」という、よく分からない答えが返ってきた。だがおそらくは、日本の左サイドのコンビネーションをケアするための起用だったのだろう。実際、後半に清武が岡崎とポジションを交代すると、すぐにハサンも逆サイドに移って再び清武のマークに付いている。もちろんハサンが清武のサイドを100パーセント封じていたわけではないが、それでも相手のストロングポイントに対して素早く対応するベンチワークには、敵ながら感心させられた。

 もうひとつ気になったのが、1点リードしてからのヨルダンのディフェンスラインである。セットプレーからのややラッキーな先制ゴールから、おそらく後半の彼らはドン引きしてくると予想していた。ところがヨルダンは、相手の攻撃に合わせた巧みなラインコントロールを見せ、チャンスがあればさらに追加点を狙ってきたのである。後半15分のハイルによるドリブルからの追加点も、比較的高い位置で日本ボールを奪ったことで生まれたゴールだった。前後に極力スペースを作らない、コンパクトかつ的確なラインコントロールによって、ヨルダンは相手に攻められながらも、虎視眈々(こしたんたん)とチャンスをうかがっていたのである。

 余談ながらハマド監督は、日本側のリクエストによってキックオフ時間が早まったこと(彼は1時間遅い18時からのキックオフを希望していた)、そして試合直前にスプリンクラーで水がまかれたことを会見で明かした(水をまくことでボールの滑りを良くするのは、日本のホームゲームではよく行われている)。「それでも、われわれは勝利することができた」と語る指揮官は、いかにも溜飲を下げたという表情をあらわにしていた。

ヨルダン戦の敗北によって失われたもの

「今日、ひとつよかったと言えることは、次にホームで勝てば、ホームのみなさんの前で(W杯出場を)決められる。勝てなくて今日は申し訳なかったですけど、次のゲームで決める強い気持ちを持ってやりたい」(長谷部)

 すこぶる前向きに考えるなら、キャプテンのコメントどおりだと思う。いろいろ課題の残る敗戦ではあったが、依然として日本のグループ首位に変わりはないし、2位に浮上したヨルダンとの勝ち点差も6ポイントある。現状では、日本がグループ突破の条件である2位以内から脱落する可能性は極めて低い。予選突破という意味においては、今回の敗戦をネガティブにとらえる必要はまったくないだろう。

 とはいえ、本大会に向けたチーム作りという点では、やはり早めにブラジル行きを決めておきたいところであった。たびたび指摘してきたことだが、来年の本大会でベスト16以上を目指すのであれば、バックアッパーと戦術的オプションの確保は不可欠であり、できれば消化試合となったW杯予選でそのミッションに着手しておきたかった。しかし今回の敗戦を受けて、その機会はしばらくお預けとなってしまった。6月の予選2試合も、さらにはコンフェデレーションズカップも、あまり変わり映えのしないメンバーで臨むことになるだろう。今日の敗戦以上に、その事実が残念でならない。

 もっとも、W杯予選の怖さというものを久々に味わえたという意味で、このヨルダン戦は右肩上がりを続けてきた日本代表にとって、よい教訓となったのかもしれない。日本代表の選手やスタッフはもちろん、われわれジャーナリストにとっても、そして現地で観戦したサポーターにとっても、2013年3月26日のアンマンでの戦いは、きっと忘れ得ぬ思い出となることだろう。そして来年の本大会では「あの敗戦があったから、今がある」と思えるようになりたい。次の予選は6月4日、ホームでのオーストラリア戦だ。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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