香川移籍でより進化遂げたドルトムント=すでに乾ききった不在を嘆く涙

香川売却で始まった新たなサイクル

クロップ監督と香川(中央)は移籍の際に別れを惜しんで涙したが、ドルトムントは新たなサイクルに突入した 【Bongarts/Getty Images】

「マンチェスターへと移動する日、シンジは私の腕の中で20分も泣き続けた」

 ボルシア・ドルトムントのユルゲン・クロップ監督は最近、サッカートークショー「スカイ90」の中で打ち明けた。

「バカだなあ、どうして行ってしまうんだい?」と彼は香川に尋ねたという。だが、残されたのは「誰も彼の別れの言葉など望んではいなかった。いずれにせよ、彼は行ってしまったんだ」という事実だった。

 ブンデスリーガのスターへと成長し、ドルトムントにタイトルをもたらすという、日本の2部リーグからやって来た男とのおとぎ話は幕を閉じた。「ドイツでブレークした後、イングランドで大事な役割を担うことを、彼のご家族も望んでいた」とクロップは語った。

 もちろん香川との思い出は、甘美なものとして残っている。だが、恋しがって涙を流し続けはしない。ドルトムントは欧州チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝を戦うのだ。クラブは前進している。たとえ香川がいなくとも。

 2009年12月、ドルトムントの100周年記念に居合わせた香川は、間違いなくこのクラブの一員になりたがっていた。だが当時、香川をキープレーヤーとして擁したドルトムントがブンデスリーガを連覇し、12年にはドイツカップも制するなど、誰が想像しただろうか。この無名の日本人の移籍以降、ブンデスリーガ全体が第2の香川を手にすることを夢見た。香川の移籍が日本人ブームを巻き起こしたのだ。特に代理人のトーマス・クロートが、たった35万ユーロ(約4300万円)の補償金でセレッソ大阪から移籍させたことが大きく響いていた。ドルトムントが12年に2冠を達成すると、マンチェスター・ユナイテッドは1600万ユーロ(約19億8千万円)もの大枚をはたいて、このMFを買い取った。日本から移籍した際の金額の、実に45倍である。

 最終的に香川の移籍完了は夏まで待つこととなったが、マンチェスター・ユナイテッドのサー・アレックス・ファーガソン監督自身がベルリンへと飛んで、バイエルン・ミュンヘンを5−2で破ったドイツカップ決勝で香川を直に目にして以降、何カ月も憶測は飛び交い続けた。日本の選手たちにとって、プレミアリーグでプレーすることが最高のゴールであることは、広く知られている。また、すでに決まっていたマルコ・ロイス(のちにそのシーズンの年間最優秀選手に選ばれた)のボルシア・メンヘングラッドバッハからの買い戻しが、香川抜きの翌シーズンを見据えた補強であることも、公然の事実だった。ロイス獲得のための移籍金は香川売却の際のそれで帳尻が合っており、新たな算段はすでに始まっていたのだ。

健全経営でつかむさらなる成功

 2冠を達成し、はっきりとしたことがある。クロップのコンセプトは、一発屋で終わるものではなかったということだ。ドルトムントは、着実に国内トップのチームへと成長していった。常にバイエルンに比肩し得る存在にさえ、なったのである。

 一方、2年間を無冠で過ごしたバイエルンは、再び最大限のパフォーマンスを披露するよう駆り立てられた。それはピッチ上のみならず、移籍市場での動きにも反映した。ディレクターのマティアス・ザマーは、新戦力獲得に7000万ユーロ(約86億7千万円)を超える金を投じた。そうして手にした一人が、獲得に4000万ユーロ(約49億6千万円)を必要としたスペインの守備のタレント、ハビ・マルティネスである。そして現在、ドルトムントのあらゆる人々は、ブンデスリーガ2位という立場に悔しさを感じている。

 数年前、CEOのハンス=ヨアヒム・バツケは、ドルトムントは500万ユーロ(約6億2千万円)以上かかる選手には手を出さないとの基本ルールを宣言した。ミヒャエル・マイアーがスポーツディレクターを務めたゲルト・ニーバウム会長時代にあやうく破産しかけた恐怖は、あまりにも大きかったのだ。連覇はドルトムントを経済的に健全にしただけではなく、再びその野心に火を灯した。最近のバツケの発言にも、自信は表れている。

「われわれが狂気じみた行動に走ることはないので、心配しなくていい。われわれは毎年、収入をアップさせているのだよ」

 ほかの新聞でのインタビューで、バツケはさらに踏み込んで話している。

「私がドルトムントをマネジメントして、もう8年になる。私が交渉を始めたころには、収入は8700万ユーロ(約108億円)だった。今年は、2億5000万ユーロ(約310億円)を突破するだろう。現在も昔と変わらぬ戦略をしていたならば、それは間違いというものだ。環境に合わせた戦略を用いなければならないのだ。われわれの戦略は、極めて簡潔なものだ。借金をすることなく、ピッチ上で可能な限りの成功を収めたいんだ。1710万ユーロ(約21億2千万円)で獲得したマルコ・ロイスは、早くもわれわれを助けてくれている。1つの戦略にがんじがらめにされてはいけない。だが、ビジネスモデルは変わらないよ。われわれは選手たちを高いレベルへと引き上げたいんだ」

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著者プロフィール

フランソワ・デュシャト 1986年生まれ。世界最大級のサッカーサイト「Goal.com」でドイツ語版の編集長を務め、13年からドイツで有数の発行部数を誇る「WAZ」紙のサイト(http://www.derwesten.de/)でドイツ西部のサッカークラブを担当する。過去には音楽の取材もしていた。ツイッターアカウントは@Duchateau。自身のサイトはwww.francoisduchateau.net。 ダビド・ニーンハウス 1978年生まれ。20年以上にわたり、ルール地方のサッカークラブに焦点を当て、ブンデスリーガの取材を続ける。09年からは「WAZ」紙のサイト(http://www.derwesten.de/)で記者を務める。ツイッターアカウントは@ruhrpoet。自身のサイトはwww.david-nienhaus.de。

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