得点だけでは表せない良さが凝縮した一戦=世界フィギュア・男子FS

長谷川仁美

羽生をはじめ、フェルナンデス、テンの3人は自分の力を出し切る印象的な演技を見せた 【坂本清】

 フィギュアスケートの世界選手権第3日が15日(日本時間16日)、カナダのオンタリオ州ロンドンで行われ、男子フリースケーティング(FS)では、地元カナダのパトリック・チャンがフリー169.41点、総合267.78点で3連覇を果たした。2位はデニス・テン(カザフスタン)で、3位はハビエル・フェルナンデス(スペイン)だった。

 日本勢は、ショートプログラム(SP)9位と出遅れた羽生結弦(東北高)が、フリー169.05点、総合244.99点で4位。SP4位の高橋大輔(関大大学院)は6位、SP11位の無良崇人(中京大)はフリーで自己ベストを記録し、順位を上げた。

際立った若き3人の無心の演技

 ソチ五輪(と来年3月に埼玉で開催される世界選手権)の出場枠取りが注目された、フィギュアスケート世界選手権の男子FSだったが、際立ったのは若い3人の選手たちが自分の力を出し切った姿だった。

 その3人とは、羽生結弦、ハビエル・フェルナンデス、そしてデニス・テンだ。

 6分間練習に勢いよく飛び出してきた羽生は、その練習で右足首を痛めた。もともと痛めていた左膝に加えて新たな箇所の負傷。2月の四大陸選手権後には、インフルエンザで10日間氷を離れている。それでも、2種類の4回転を含む、予定していたジャンプは、回転不足などはあったものの、転倒せずにこらえた。疲れきっていた後半も滑りきれたのは「気合でした」という。演技を終えると、その場に崩れた。「演技には満足しています。今できることはすべてやりました」と力強く語ったが、キス&クライ(得点を待つ場所)からなかなか立ち上がれない。すべてを出しつくした。

 羽生のトレーニングメートのフェルナンデスは、音楽がかかる直前、いつもとまったく違う、緊張感でいっぱいの表情だった。緊張していたにもかかわらず、冒頭の4回転トウループをきれい着氷。幸先の良いスタートを見せる。しかし、次に予定していた4回転+3回転が2回転+2回転になると、4回転サルコウは決めたものの、もう1つのジャンプでもミスが出る。「良いジャンプと良くないジャンプがありました。でも良いプログラムでした」と演技後にフェルナンデスはこう振り返った。最終盤、コーチの前を滑り抜けるとき、その表情はただ必死だった。本当に必死。何かに突き動かされているかのような切実な表情だ。普段はやさしくて穏やかな彼が、こんな表情で滑っている。世界選手権の初めてのメダルを手にする世界とは、こういうものなのかもしれない。

 SP2位のテンは、SPとFSが1つのストーリーになっているプログラム“アーティスト”で、明暗や楽しい音楽などを演じ分けた。今シーズン序盤は、なかなか良い演技ができなかったが、「もうすでに負けていて、自由に滑ればいいんだとイメージして」滑った。「(SPの後の)この2日間は、あまりよく眠れなかった」と語っていたが、後半の軽快な音楽部分では、よくこれだけのエネルギーが残っているなと思わせるほど元気なステップを踏み、力いっぱい駆け抜けた。演技を終えると、氷にキスし、喜びを爆発させた。

 もちろん優勝したチャンも、卓越したテクニックで会場を魅了したが、ジャンプミスが多く、印象が散漫になってしまった。

 フィギュアスケートでは、演技がスタートしたら、少々のことでは音楽は止められない。なにがなんでも最後まで滑りきらなければならない。

 そんな、逃げ場のないところで無心に、懸命に演技する3人。4回転だけではない。演技構成点でカウントされる部分だけでもない。得点には計上できない、目には見えないのに伝わってくるもの……そういうものがあると、彼らが教えてくれた試合だった。

<了>
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著者プロフィール

静岡市生まれ。大学卒業後、NHKディレクター、編集プロダクションのコピーライターを経て、ライターに。2002年からフィギュアスケートの取材を始める。フィギュアスケート観戦は、伊藤みどりさんのフリーの演技に感激した1992年アルベールビル五輪から。男女シングルだけでなくペアやアイスダンスも国内外選手問わず広く取材。国内の小さな大会観戦もかなり好き。自分でもスケートを、と何度かトライしては挫折を繰り返している。『フィギュアスケートLife』などに寄稿。

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