得点だけでは表せない良さが凝縮した一戦=世界フィギュア・男子FS
羽生をはじめ、フェルナンデス、テンの3人は自分の力を出し切る印象的な演技を見せた 【坂本清】
日本勢は、ショートプログラム(SP)9位と出遅れた羽生結弦(東北高)が、フリー169.05点、総合244.99点で4位。SP4位の高橋大輔(関大大学院)は6位、SP11位の無良崇人(中京大)はフリーで自己ベストを記録し、順位を上げた。
際立った若き3人の無心の演技
その3人とは、羽生結弦、ハビエル・フェルナンデス、そしてデニス・テンだ。
6分間練習に勢いよく飛び出してきた羽生は、その練習で右足首を痛めた。もともと痛めていた左膝に加えて新たな箇所の負傷。2月の四大陸選手権後には、インフルエンザで10日間氷を離れている。それでも、2種類の4回転を含む、予定していたジャンプは、回転不足などはあったものの、転倒せずにこらえた。疲れきっていた後半も滑りきれたのは「気合でした」という。演技を終えると、その場に崩れた。「演技には満足しています。今できることはすべてやりました」と力強く語ったが、キス&クライ(得点を待つ場所)からなかなか立ち上がれない。すべてを出しつくした。
羽生のトレーニングメートのフェルナンデスは、音楽がかかる直前、いつもとまったく違う、緊張感でいっぱいの表情だった。緊張していたにもかかわらず、冒頭の4回転トウループをきれい着氷。幸先の良いスタートを見せる。しかし、次に予定していた4回転+3回転が2回転+2回転になると、4回転サルコウは決めたものの、もう1つのジャンプでもミスが出る。「良いジャンプと良くないジャンプがありました。でも良いプログラムでした」と演技後にフェルナンデスはこう振り返った。最終盤、コーチの前を滑り抜けるとき、その表情はただ必死だった。本当に必死。何かに突き動かされているかのような切実な表情だ。普段はやさしくて穏やかな彼が、こんな表情で滑っている。世界選手権の初めてのメダルを手にする世界とは、こういうものなのかもしれない。
SP2位のテンは、SPとFSが1つのストーリーになっているプログラム“アーティスト”で、明暗や楽しい音楽などを演じ分けた。今シーズン序盤は、なかなか良い演技ができなかったが、「もうすでに負けていて、自由に滑ればいいんだとイメージして」滑った。「(SPの後の)この2日間は、あまりよく眠れなかった」と語っていたが、後半の軽快な音楽部分では、よくこれだけのエネルギーが残っているなと思わせるほど元気なステップを踏み、力いっぱい駆け抜けた。演技を終えると、氷にキスし、喜びを爆発させた。
もちろん優勝したチャンも、卓越したテクニックで会場を魅了したが、ジャンプミスが多く、印象が散漫になってしまった。
フィギュアスケートでは、演技がスタートしたら、少々のことでは音楽は止められない。なにがなんでも最後まで滑りきらなければならない。
そんな、逃げ場のないところで無心に、懸命に演技する3人。4回転だけではない。演技構成点でカウントされる部分だけでもない。得点には計上できない、目には見えないのに伝わってくるもの……そういうものがあると、彼らが教えてくれた試合だった。
<了>
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