ゼロックス杯を彩った36体のマスコット=クオリティーの高さが老若男女を笑顔に

宇都宮徹壱

「一平くん」が果たした知られざる役割

ゼロックスのマスコット参加の端緒を拓いた愛媛の一平くん(右)。カルト的な人気を誇る 【宇都宮徹壱】

 何とかゼロックスにマスコットを呼べないものか。山下さんが最初に提案したのは、11年大会(名古屋グランパス対鹿島アントラーズ)であった。だが、問題が2つあった。まず、この年は国立が改修工事のため使えず、日産スタジアムで行われたこと。日産は言うまでもなく、横浜F・マリノスのホームスタジアム。国立のようにニュートラルな場所ではない。そこに異なるクラブのマスコットを呼ぶのは「いかがなものか」という雰囲気があったという。だが、それ以前の問題として「そこで経費をかけるよりも、むしろ別のプロモーションにかけた方がよいのでは?」という意見も根強くあった。そこで山下さん、一計を案じる。愛媛から「一平くん」を呼んだのである。

 一平くんというのはカエル型のマスコットで、もともとは愛媛FCのスポンサー「ゆうゆう亭」のキャラクターだったのだが、「無断欠勤が続いた」として解雇され、現在は「愛媛の熱狂的なサポーター」として、ホームはもちろんアウエー先にもひんぱんに出没している。愛媛のホームゲームの余興イベントとして開催された、ゆるキャラの徒競走に出場してけいれんを起こし、そのままタンカで運ばれるという衝撃的なショットがネット上で配信されて以来、カルト的な人気を誇るマスコットである。

 一平くんは愛媛の公式マスコットではないので、横浜FMのイメージには抵触しない。山下さんはさらに念を入れて、一平くんは『J2白書』という書籍のプロモーションのために「たまたま会場に来ていた」という設定にし、東ゲート広場に放置しておいた。すると、会場に来ていた観客は大喜びで一平くんに殺到し、すぐさまフォトセッションが始まる。山下さんはその様子を撮影し、さらに「マスコット」「ゼロックス」で検索したツイッターの書き込みのコピーを添えて代理店の担当者に提出。その上で、こう訴えた。

「この笑顔こそが、大会の価値そのものなんです。大会の価値を上げるということは、笑顔を増やしていくということですよね。これがわずか1体のマスコットで生まれたのだから、クラブのマスコットが18体そろったら、もっと笑顔が広がるじゃないですか。だから来年は(18クラブのマスコットを)呼びましょう!」

 山下さんの訴えに対し、代理店の担当者は「これ、ゼロックスさんに見せに行きます!」と即答。後日、「クライアントの反応がとても良かったです」とのレスポンスがあった。かくして、ゼロックスでのマスコット大集合への道は拓かれたのである。

マスコットの周りには人々の笑顔がある

マスコット・プロジェクトの仕掛け人である、Jリーグメディアプロモーションの山下さん 【宇都宮徹壱】

 話を今年のゼロックスに戻す。今大会ではJクラブの36体のマスコットに加え、JリーグのMr.ピッチ、そして昨年の天皇杯応援マスコット(見習い)のどぐーとはにーを加えた総勢39体のマスコットが5つのチームに分かれ、ピッチレベルからスタンドの観客の皆さんにごあいさつ。その後、チケットキャンペーンの当選者との撮影会に臨み、さらにはコンコースにも姿を現してファンとの交流にいそしんでいた。

 喜んでいたのは子供たちだけでない。私のようないい年をした大人も、にこやかにツーショット写真を撮っていた。とはいえ、その人たちが幼稚なのではない。それだけJクラブのマスコットはクオリティーが高いのである。そうした認識が少しずつではあるが、サッカーファンの間でも浸透しつつあることを、自称「マスコット評論家」の私は、今大会でひしひしと実感することができた。

 さて、マスコット・プロジェクトの仕掛け人である山下さんは、現場の仕切りこそ後輩に任せているものの、この日も自ら先頭に立ってマスコットの誘導に走り回っていた。そんな彼に、あらためて36体のマスコットを集結させた際の苦労と、次回の目標について尋ねてみることにした。

「苦労ですか? 前回の経験がありますので、特に感じませんでしたね。18でできれば、36もそんなに難しくはない。ただ、撮影の際のマスコットの並びとか、グループ分けとか、そういったオペレーションの部分ではかなりの試行錯誤がありました。苦労といえば、そのあたりですかね。次回の目標は、すべてのJクラブのマスコットを勢ぞろいさせることです。それと来年以降、J3ができるとしたら、J3クラブのマスコットにもぜひ参加してほしいと思います」

 マスコットの周りには、老若男女を問わない人々の笑顔がある。そうした笑顔の中で、2013年のJリーグも、質の高い白熱した好ゲームが展開されることを心より期待したい。その一方で、愛らしいマスコットたちが、日本が世界に誇る安全なスタジアムの一助を担ってきたという事実についても、もっと評価されてもよいのではないか。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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