ベッカムは欧州のピッチで輝けるのか=PSG入団で浮かんだ5つの問い

木村かや子

どのポジションで起用されるか

現在首位を走るPSG。ベッカム加入でイブラヒモビッチ(左)の得点力がさらに生きる可能性がある 【Photo:Getty Images】

 次に、やはり事前議論を煽っているのが、ベッカムの起用法である。現在ベッカムなしでかなり良いリズムに乗り、首位を走るPSGのシステムは、紆余(うよ)曲折の末にたどりついた4−4−2。ようやくチームが落ち着き、どのポジションもふさがっているのだが、予想されるベッカムのスピード不足ゆえ、2ボランチの右側、という説が今のところ最も有力だ。さらにこれは、繰り返し起きているチアゴ・モッタの故障、ベラッティの若さゆえ、最もバックアップが必要なポジションでもある。

 その上で、元来攻撃的MFのベッカムに、アンドレア・ピルロ風の攻撃参加するMFを演じさせるためには、たとえばブレーズ・マトゥイディのような体力のあるボランチを横につけることは必須となる。またチアゴ・シウバ、アレックスらのディフェンス陣が故障なく健在で、背後につく守備の堅固さが保障されていることも大前提だろう。ミラン時代に、主にこのポジションでベッカムを起用していたアンチェロッティは、今のところ「ベッカムは間違いなくプレーするよ。彼は守備的MFとしてプレーできる。ときどきは右サイドハーフとしてもプレーしていた」と濁し、あえて明言を避けている。

 その一方で、リーグ1の監督の中には「彼は攻撃的MF。アメリカで記録したアシストの数から見て、マンUでプレーしていた右ウイングでのほうが生きる」と言う者もいるが、これはどちらかといえば少数派だ。というのもPSGはスピードある右ウイング、ルーカスを獲ったばかりで、この若きブラジル人が現在いい働きを見せている。また絶え間なく上下する義務を持つサイドハーフは特に体力の要るポジションであるため、彼の年齢でウイングは無理、と見る向きも多い。

 もうひとつの説は、アンチェロッティが前半戦で使っていた(そしてあまりうまく機能しなかった)逆三角形のスリーボランチを使った4−3−3で、ベッカムが右に入るというものだ。この形だと守備面でのカバーがより堅固になり、ベッカムがより自由に攻撃参加できる。しかしそれには、現在うまく機能しているシステム(4−4−2)を、ベッカムを入れるために変えなければならず、試合の一部ではありえても、定位置としては理にかなわない。いずれにせよベッカムは、90分通してというより、スーパーサブのような存在になるだろうというのが、専門家の共通した意見となっている。

なぜタダ働きの道を選んだのか

 ピッチ外の話となるが、もうひとつの興味深い問いは、ベッカムがなぜ給料全額を慈善事業に寄付し、タダ働きすることに合意したのか、というものだ。洞察力のある英国プレスが、比較的素直にベッカムの善行をたたえていたのは意外だったが、フランスの経済アナリストは、この決断は主に、高額所得者に厳しいフランスの税制に関係すると推測していた。

 それでなくても重税なところに、昨年政権を奪い返した社会党は、高額所得者に75パーセント(※編注:累進課税なので所得全額に75パーセントではない)の税を課す法を決める方向で進んでいる。そしてこれを受け、俳優のジェラール・デパルデューがロシア国籍を取得するなど、この政策に抗議の意を示す高額所得者の国外脱出が相次いでいるのだ。

 国籍を変えなくても、年に6カ月+1日フランス国外に住めば、その居住国で税を払うことが許されるのだが、毎日練習に出るサッカー選手は、俳優などと違い、あえて外国居住者となるというテクニックを使えない。つまりサッカー選手は、この新法の最たる被害者だ。PSGは手取り額で高額の年俸を保証できる数少ないクラブとはいえ、ベッカムのスポンサー収入は給金を大きく上回るため、PSGの雇用者となって6カ月以上フランスに住めばその分の税までフランスで払わねばならず、彼は大損をすることになる。

 しかしタダ働きなら実質的にはボランティア。滞在期間も2月半ばから5月末までの実質3カ月で、妻子をロンドンに残してのホテル住まいとなれば、今季末までの彼のPSGでの活動は、いわば収入のないビジネス・トリップであり、ベッカムは税をフランスに払う義務を逃れられる。つまり5カ月という短い契約期間、給料の寄付、妻子をイギリスに残しての単身赴任、というすべてが、フランスの法外な税を避けるための賢い作戦であるようにもとれるのだ。

 会見で、PSGの長期のプロジェクトを助けたいとしながら、契約期間が短いことの矛盾を指摘する記者もいた。興味深いことに、そこでベッカムは「プレーヤーとしての今回の契約は5カ月だが、期間に関わらず僕はいつも150パーセントの力を出してきた。また常にサッカーに関わっていくつもりなので、その後も何らかの形で関与できるかもしれない。このクラブが欧州のトップに育つのを見たいと思う」と答え、今後も関係が続く可能性もにおわせている。つまり、今季の3カ月はタダ働きで勘定に入らないという前提で、ベッカムが来季にまた5カ月、契約を延ばす可能性まで計算済み、ということさえ考えられるのだ。

ピッチで輝くベッカムを待ちわびるファンたち

 しかし、最も肝心なのは、ベッカムはPSGで往年の力を発揮できるか、という点である。ここまでの仏メディアは「フランスリーグとPSGに脚光を集めるという意味で喜ばしい獲得」という点を認めつつ、そろって「サッカー面において真の補強と言えるのか。そうなるだけの力がまだあるのか」という疑問符を投げている。この疑問符を消せるか否かは、今、ベッカム次第なのだ。

 この契約後の引退をやんわりと否定し、「これは挑戦であり、僕は常に挑戦を愛してきた。ハイレベルでプレーし続けられる限り、サッカーを続けたい」と言ったベッカムの言葉は、おそらく本音であるはずだ。12日にバレンシアでチームと合流するベッカムが、PSGの選手として初試合のピッチを踏むのは、最も現実的に見て2月24日の対マルセイユ戦。しかしその前週、つまり2月17日のソショーでのアウエーマッチで、足慣らしをする可能性もあると伝えられている。

 ベッカム加入のニュースを聞いたサミュエル・エトーは「確かに彼は美形だが、いくら顔が良くても実力がなければすぐに忘れられてしまう。彼がこうも人気があるのは、実力面で何かを持っているからだろう」と言っている。多少のにわかファンもいるが、元来、真にサッカーを愛し、理解しているフランスの国民は今、何より、ピッチ上で輝くベッカムを見る瞬間を心待ちにしているのだ。

<了>

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。2022-23シーズンから2年はモナコ、スタッド・ランスの試合を毎週現地で取材している。

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