ベッカムは欧州のピッチで輝けるのか=PSG入団で浮かんだ5つの問い

木村かや子

なぜPSGはベッカムを獲り、ベッカムはなぜ来たのか

全体練習合流はCLのバレンシア戦後。それまでベッカム(右)はロンドンでトレーニングを積む 【写真:Splash/アフロ】

 実際、PSG幹部がベッカムを獲得した最たる動機は、名声と脚光の取得だろう。PSGのホーム、パルク・デ・プランスは、ズラタン・イブラヒモビッチを迎えた今季、ほぼ常に、満員御礼とまでいかなくてもそれに近い観客動員数を記録している。つまりMLS(メジャーリーグサッカー)の場合と違い、地元の客を引きつけるのに特にベッカムに頼る必要はないのだが、反面、PSGのカタール人オーナーたちは、世界的視野でクラブの名を上げるためなら、金も努力も惜しまない。近年、欧州のビッグクラブとしての実績のないPSGが一足飛びに世界の注目を浴びるには、脚光を保証する有名選手を獲るのが最短距離。そしてベッカム以上に脚光を集める選手は、世界広しといえどそういない。

 その上、ベッカムは、まがりなりにもマンチェスター・ユナイテッド(マンU)やレアル・マドリーでその力を証明し続けてきた一流選手。現PSGでこのレベルの経験を持つ選手はイブラだけだ。またベッカムは華やかなイメージとは裏腹に、選手としてまじめで気骨があり、同時に控えめな模範的チームプレーヤーでもある。

 いずれにせよ、PSGの攻撃部門と中盤には人員がそろっているため、これが弱い部門の強化を第一目的とした“普通の”補強でないことは明らかだった。実際PSGのカルロ・アンチェロッティ監督は、ベッカム入団決定の直後、「ベッカムの獲得は驚きだった」と話し、この交渉に自分の希望が絡んでいなかったことをやゆしている。しかし2009年のミランで、期限付き移籍中だったベッカムを6カ月指揮した経験を持つこの監督は、その上でこう言い添えた。

「満足だよ。彼はチームにプロ精神をもたらしてくれるだろうからね。彼はサッカーに対し常に真剣で、謙虚でもあり、また非常に経験豊富なので、チームが質の高いプレーを培う手助けをしてくれるだろう。チームに20人ベッカムのような選手がいたら、監督にとって仕事はより楽になるよ」

 ではベッカムは、なぜPSGを選んだのだろうか。トッテナムからもオファーがあったと言われているが、その点についてベッカムは「ご存じのとおり僕の心はマンチェスター・ユナイテッドと結びついており、イングランドではユナイテッド以外のクラブでプレーするつもりはなかった」と説明している。一方、新進気鋭のPSGは、37歳のベッカムに再び欧州で輝く機会を提供する悪くない選択だったが、ベッカムは昨冬、パリからのオファーを断っていたのだ。

 当時、話が流れた理由は、妻のビクトリアが米国生活の方を好んだためだと伝えられていたが、監督に就任したばかりだったアンチェロッティがあまり積極的でなかったからだと言う者もいた。昨年はだめでなぜ今年はOKなのか、の問いに、ベッカムは「昨冬は、まだロサンゼルス・ギャラクシーでやるべきことが残っていると感じていたからだ。昨年末に優勝を果たし、今回はロスを去るべきときが来たと感じていた。今回はタイミングが適切だった」と説明した。

 上記の説明は、あいまいだがおそらく全くの嘘ではない。昨冬のベッカムは、オーバーエージ枠でのロンドン五輪出場を目標としていたが、当時の(そして今回も)アンチェロッティ監督は、ベッカムに毎試合出ることを保証できなかった。彼はパリで出場機会が減ることでロンドン行きを逃すリスクを避けるためギャラクシーに残り、結局、目標を果たせないまま五輪が終わった今、レギュラー出場に固執する必要はなくなったということである。理由はそれだけではなかったかもしれないが、「常にレギュラーを目指すが、毎試合プレーすることを期待しているわけではない。僕はチームの成長を助けるためにここに来た」というベッカムの言葉が、この事実をやゆしているように思う。

ピッチ上で何をもたらせるのか

 マンU時代にはFKの妙技と、毎週末90分プレーする耐久力で知られた彼だが、37歳という年齢ゆえにそのスタミナが疑問視される中、実質的に彼がPSGのピッチ上に何をもたらせるのか、という問いは、ここ数週間、専門家の論議の的となっている。

 少なくともベッカム本人は「(精神的にも肉体的にも)自分が21歳であるように感じている。21歳のときと比べ、スピードもさほど落ちていない。僕はいずれにせよもともとスピードがあるほうじゃなかったからね」とユーモアを交えつつ自信をのぞかせている。また、やはり米国でのプレー経験のあるフランク・ルブフは、「彼のロスでのプレーを見たが、彼の体力に関しては全く心配していない。MLSは、技術・戦略面ではあまりレベルが高くないが、フィジカル面ではリーグ1に全く劣らない」と太鼓判を押した。

 ベッカムのフィジカルレベルについては、ふたを開けてみないと分からないのが正直なところだ。しかし、彼がチームに加え得るものは間違いなく2、3ある。まずは、得点につながる意図あるパスだろう。チームが大きく強化されたとはいえ、現PSGにはどちらかというと猪突猛進型の選手が多く、相手DFの裂け目を縫うようにしてイブラに得点機を届ける意表をつくパスの数は、いまだ不十分。そのことが、ときどき試合中にイブラをいら立たせる原因にもなっている。

 現在主に左ウイングを受け持つハビエル・パストーレ、ボランチのマルコ・ベラッティもこの種のセンスを持つが、ふたりは若く、調子にかなり波がある。そこで、ビジョンと、何より右足からのパスコントロールで卓越したものを持つベッカムなら、この手のパスでチャンスメークに質とバリエーションを与えることができる、と予想されているのだ。

 第2は、セットプレーの向上である。現在得点数では1位のPSGだが、セットプレーからの得点率は16.7パーセントと極めて低く、リーグ17位にすぎない。この点で1位のソショー(59パーセント)の全般的成績の低さから見て、セットプレーがうまければ良いというわけではないのだが、特に相手のレベルが上がるCLでは、セットプレーが勝負を分ける武器となりかねない。

 現在主にFKを蹴っているのは(20本中18本)、今季FKから2回直接得点しているイブラだ。ベッカム自身、「彼の方が強いから彼がFKを蹴るべき」と控えめな態度をとっているのだが、ダイレクトでゴールを狙えないようなFK、あるいはCKをベッカムが蹴れば、イブラがゴール前に詰めることができ、その分さらなる脅威を生み出すことができる。また止まったボールのキックの腕前は、年齢によって衰えない部分でもある。

 そして最後の、ともすると最も重要な点は、アンチェロッティが言ったように、その姿勢と経験をもって、チームにプロ精神の模範を示すことができる、という点だ。実際パストーレは「ベッカムの契約期間は短いが、しっかり観察して彼から多くを学びたい」と言っている。ベッカムという一流選手の存在が、チームの精神姿勢を良い意味で感化する、というのは十分期待できることだ。ミッシェル・プラティニは、「長寿の選手の秘密は、意欲、取り組む姿勢など、精神面での衰えがないことだ」と指摘した。サッカーへの情熱を訴え続けるベッカムは、その面では不足がないように見える。

 仏メディアの中には、ベッカムというスターの到来で、現在のチームのボス、イブラとの間に摩擦が起きるのでは、と示唆する者もいたが、概して控えめなベッカムの性格を知る者は、その手の心配はしていない。実際、ベッカムに「面白いプロジェクトがあるからぜひ来い」と忠言したのは、イブラその人だったという。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。2022-23シーズンから2年はモナコ、スタッド・ランスの試合を毎週現地で取材している。

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