FAカップが紡いだ歴史の価値=東本貢司の「プレミアム・コラム」
由緒と価値が共存するFAカップ
今年で132回目を迎えるFAカップ。昨季はチェルシーの優勝で幕を閉じた 【写真:ロイター/アフロ】
かくして、同年11月11日に記念すべき「4試合」の笛が吹かれ、歴史のページが開かれた。このときの大会名称はシンプルな「チャレンジ・カップ」。現在の正式名「FAチャレンジカップ」はその名残、というよりも古来の縁(えにし)を今に伝える意思と言うべきだろうか。この辺りはいかにもイングランドらしい。
ちなみに、4部92チームのみが参加するリーグカップは、そのときどきのスポンサーの名を冠して呼ばれるが、こちらの“全国トーナメント”はあくまでも「FAカップ・スポンサード・バイ・○○」である(現在なら「○○」には「バドワイザー」が入る)。これもトーナメントの由緒と価値に敬意を表した上での、プライドの証明だろうか。
当然のことだが、この第1回FAカップの規模は実につつましいもので、参加を申し込んだのがわずかに15チーム、実際にプレーしたのは12チームで、決勝までの試合数もたったの13試合だった。そう言えば、第1回ワールドカップ(W杯)・ウルグアイ大会も13チームで戦われたことが思い出される。それが今や、予選段階を含めた参加チーム総数が700から1000前後にまで膨れ上がって、文字通り「世界一」のステータスを誇るトーナメントになったのだ(2011−12シーズンのデータでは763チームが参加)。
ただ、今世紀に突入する前後から、FAカップを軽視する風潮が強くなっているきらいもあり、時代の流れとともに一抹の寂しさを感じないでもない。もっとも、“その主たち”はおおむね「より金銭的に価値のあるCL参戦組」に限られている実態がある。むしろ“そのような風潮”を(メディアやファンなどが)声にすることによって、「冗談じゃない」とアピールしていると考えるべきだろう。
ジャイアントキリング“発祥”の大会
現在も、カーディフ、スウォンジー、レクサムなどウェールズから5〜6チームが参加しているが、現チャンピオンシップ(イングランド2部に相当)のカーディフは、史上唯一の「非イングランド勢」の優勝というレアな快挙を成し遂げている(1927年)。また、こちらも史上に1度きり「ノンリーグ(5部以下:事実上のアマチュアリーグの総称)勢」としてFAカップを制覇したのは、スパーズことトテナム・ホットスパーだった(1901年)。
連覇で検索してみると「3連覇」が最高で、この名誉に与るのは(当然と言うべきか)初期のワンダラーズ(第1回覇者)とブラックバーン・ローヴァーズ(1884〜86)。2連覇でもワンダラーズとブラックバーンが1度ずつ、それ以外ではニューカッスル(50年代初頭)、スパーズが2度(60年代と80年代の各初頭)、2000年代にはアーセナルとチェルシーが果たしているのみ……。そもそも、このFAカップこそ、いわゆるジャイアントキリング“発祥”の大会というべきなのだから、さもありなんか。