不正告発の水谷隼、孤高の戦いの果てに
卓球界の天才が犠牲にしたものと、これから

覚悟の告発はどんな影響を与えたか

違法ラバー告発以降、孤独の戦いを強いられた水谷。全日本選手権は準優勝に終わったが、復活へ向けて確かな一歩を踏み出した
違法ラバー告発以降、孤独の戦いを強いられた水谷。全日本選手権は準優勝に終わったが、復活へ向けて確かな一歩を踏み出した【写真は共同】

 孤高の王者に、深い落胆の色はなかった。全日本卓球選手権・男子シングルス決勝で丹羽孝希(青森山田高)に敗れて王座復帰を果たせなかった水谷隼(ビーコンラボ)は「少し消極的になった」と敗戦の弁を冷静な口調で話した。ロンドン五輪後、後加工でラバーに補助剤(ブースター)を塗る違法行為が卓球界に広がっている問題を告発。国際大会をボイコットしていた日本のエースは、復活に向けてどんな道のりを歩むのだろうか。


 今から1年前、当時高校3年生だった伏兵の吉村真晴(愛知工業大)にマッチポイントを握りながら敗れ、6連覇を逃したときはコートで涙を流した。「誰にも敗れない記録を作りたい」と常に連覇を意識していただけに、記録が途絶えたショックは大きかった。


 その後、世界選手権(団体)で銅メダル獲得に貢献したが、メダルが期待されたロンドン五輪で敗れた後、水谷は大きな決意をした。以前から折に触れて口にしてきた補助剤問題を告発し、国際大会へのボイコットを表明したのだ。


「ITTF(国際卓球連盟)が用具ドーピングで使う検査器は揮発性の強い有機溶剤を検査するためのもので、揮発性の少ない補助剤の成分はほとんど検出できません。補助剤は健康問題ではなく、後加工の問題ととらえて新たな検査方法を設けるべきです」


「このまま不正行為を放置すれば、卓球というスポーツの未来にも暗い影を落としていきます。僕は自分の競技人生だけではなく、卓球という競技が歪んだ方向へ流れていくのをなんとかして食い止めたい」


 水谷はその言葉を実践し、卓球界で大きな議論になった。彼の決断に賛同する声ばかりではなかった。大きなものを背負って戦う重圧に加え、母体チームもなく、一人で実業団や大学チームの練習に参加したが、これが天才と呼ばれて久しい男の卓球にどんな影響を与えるのか。それが、今大会の焦点だった。

ベンチコーチ不在も輝き見せる

 ロンドン五輪以降、5カ月ぶりの実戦。ベンチコーチがいない時点で、水谷の孤高ぶりは際立っていた。

「普段の練習を見ていない人がベンチに入っても、アドバイスできませんから」と水谷はコーチ不在を平然と受け止めていたが、相手選手が勝負どころでタイムアウトを取る間、日本のエースは一人でプレーが再開されるのを待った。


 批判を覚悟しての決断、ブランクとジプシー生活、さらにコーチ不在……。だが、水谷の才能はそれでも輝きを見せた。準々決勝では張一博(東京アート)に追い込まれたが、最後は勝利を意識した張を逆に冷静なプレーで圧倒して熱戦に終止符を打つと、準決勝でも大矢英俊(東京アート)を一蹴した。


 そして迎えた決勝戦も3−1と王座返り咲きに王手をかけていたのだが……。

「去年は6連覇がかかったプレッシャーがあったけど、今年は挑戦者の立場だったので思い切ってプレーするだけでした。決勝も思い切っていくはずだったけど、リードした時点で無意識のうちに受け身になってしまった」


 丹羽の粘りにまさかの逆転負けを喫した後、記者会見に臨んだ水谷はそう心境を語った。ブランクの影響について問われると「日本の若い選手たちのレベルは年々上がってきているし、一つ勝つのも厳しくなってきている。結果的に負けたのはちょっと休んでいた部分があったのかもしれません」と答えたが、こうも付け加えた。

「あと一歩のところで逆転されたのは悔しいですが、こうして多くのお客さんの前でプレーできて良かった。これからも皆さんの前でプレーしていきたい」

犠牲にしたものと同等の栄光を

 不正行為を告発して以降、彼は孤独を味わいながら、それでもプレーすることへの渇望を覚えたはずだ。補助剤問題については日本卓球協会も解決へ向けてITTFに向けてさまざまなボールを投げているが、なかなか解決の糸口が見えないのが現状だ。水谷は自らが選手生命を懸けて告発したこの問題と向き合いながら、自らのプレーも磨かなければいけない。

「コーチは必要だと思っていますが、日本にはずっと付き添って指導してくれる人がいない。練習場所の確保にも困っているので、海外のリーグに参戦することも考えています」


 これまでは敗北の悔しさを表情や言葉ににじませていた水谷がこの日、淡々と自らの敗北を受け止めていたように思えたのは、こうした状況でも決勝まで勝ち進んだ結果にどこかで満足していたからだろうか。


 3−3と追いつかれ、完全にリズムが狂った場面でも水谷はタイムアウトを取らなかった。昨年の吉村に続く高校生王者となった丹羽は「この勝利で自分が日本のエースだとも思わないし、水谷さんを越えたとも思わない」と語った。「もし、水谷さんがきちんと調整して、ベンチコーチがいたら勝ててなかったと思います」と。


 日本卓球界のエースはまだ、23歳。犠牲にしたものと同等の栄光を得るための時間は十分に残されている。


<了>

城島充

関西大学文学部仏文学科卒業。産経新聞社会部で司法キャップなどを歴任、小児医療連載「失われた命」でアップジョン医学記事賞、「武蔵野のローレライ」で文藝春秋Numberスポーツノンフィクション新人賞を受賞、2001年からフリーに。主な著書に卓球界の巨星・荻村伊智朗の生涯を追った『ピンポンさん』(角川文庫)、『拳の漂流』(講談社、ミズノスポーツライター最優秀賞、咲くやこの花賞受賞)、『にいちゃんのランドセル』(講談社)など

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