フットサル日本代表にかけた指揮官の魔法=巧みな雰囲気作りとカズの影響
決勝トーナメント進出のための冷静な判断
グループリーグ突破のために冷静な判断を見せたミゲル・ロドリゴ監督(左) 【写真:松岡健三郎/アフロ】
グループリーグ突破の最大の立役者はミゲル・ロドリゴ監督だろう。普段から「私は魔法使いではありません」が口癖の指揮官だが、グループリーグ3試合で見せた手腕は、“魔法使い”と呼ぶにふさわしかった。
「がんの宣告を受けたようなものだ」
ミゲル監督は、グループCの組み合わせが発表されたとき、そう感じたという。ブラジル、ポルトガル、リビアという組み合わせは想定されるなかでも最悪のものだったに違いない。しかし、その時点でミゲル監督は「ワイルドカードでのグループリーグ突破」に目標を切り替え、極めて現実的なプランを立てていた。
第1戦の相手ブラジルは世界王者だ。勝つのは奇跡が起こらない限り難しい。無理に勝ちにいくのではなく、大差で負けないことを最優先にする。第2戦のポルトガルはブラジルよりはチャンスがある。ブラジル戦同様に点差をつけられないようにしながら、できれば引き分けを狙いたい。第3戦のリビアには絶対に勝つ。そして、できれば勝ち点4、もしくは勝ち点3で3位になってワイルドカードで勝ち上がる。
果たして、「サムライ5」ことフットサル日本代表は、ミゲル監督の立てたプランを完ぺきに遂行し、グループリーグ突破を果たす。その裏側にはミゲル監督の“魔法の言葉”が大きく関係していた。
ブラジル戦では、前半は1点差に食い止めていたものの、後半になってギアを上げてきた相手の勢いを止められず、3連続失点を喫して0−4。試合巧者・ブラジルに対して無理に攻めにいけば、カウンターを食らって点差が大きくなる可能性もある。1−4で迎えた後半10分過ぎ、ミゲル監督は試合中にこう語りかけた。
「今日は日本にとってあまり良い日ではない。ここから先はポゼッション率を上げて点を取られないようにしよう」
それ以降、日本はリスクをかけることなく、セーフティーにパスを回して時間を使った。すべては予選突破という目標のため。前回大会で日本は第1戦でブラジルに1−12で敗れ、初戦終了時点で決勝トーナメント進出が難しい状況に追い込まれたが、1−4というスコアなら十分に次につながる。3試合をトータルで考えたうえでの冷静な判断だった。
“最低”から“最高”へ変わったポルトガル戦
第2戦・ポルトガル戦のハーフタイム。日本のロッカールームにはミゲル監督の怒号が響き渡っていた。日本の選手たちは前半、ポルトガルのプレースピードの速さに戸惑い、ミスを連発し、失点を重ねた。5失点で済んだのが幸運と思えるほどの出来の悪さだった。
これが普段から選手を厳しくしかるタイプの監督だったら、言われたほうも「また怒ってるよ」と受け流していたかもしれない。だが、ミゲル監督は論理的な思考の持ち主で、感情任せに怒ることはほとんどないタイプの人間だった。怒らない指揮官の怒りの言葉は、選手たちの闘争心に火をつけた。
後半、日本は前半とは別のチームのように躍動し、ポルトガルを圧倒。ミゲル監督が「この試合で使うために温めていた」という秘策のパワープレーも的中し、2−5から3点差を追いつき、5−5の同点に持ち込んだ。前半まで「最低の試合」だったポルトガル戦は、40分が終わってみるとミゲルジャパンにとって「最高の試合」になっていた。
的中したミゲル監督の“予言”
シュートまでいくものの、ゴールが遠い。攻撃が雑になって、リビアにカウンターを食らってしまう悪循環。1−1で前半を終えた時点でチームには重苦しい空気が漂っていた。またポルトガル戦のときのように怒られるんだろうな……選手たちが覚悟してロッカールームに入ると、意外な姿が目に飛び込んできた。指揮官は笑っていた。前半のプレーを肯定しながら、前向きな言葉をかけた。
「前半は決して悪くない。チャンスは作っていた。ただゴールが決まらなかっただけだ。アジア選手権の(準決勝)オーストラリア戦でも同じ状況だ。あのときも、後半に勢いがついて3点取って勝った。今日も同じ展開になる」
ミゲル監督の“予言”は的中した。日本は後半、足の止まり始めたリビア相手に畳み掛け3点を追加。4−2で勝利して、勝ち点3を獲得。この結果、日本は開幕前には突破が絶望的だと思われた「死のグループ」を見事に突破した。