町田樹、「高橋大輔らに続く存在」脱皮のカギは個性の完成=GPシリーズ・中国杯

青嶋ひろの

「お客さんやジャッジの感情を巻き込める演技」を目指して

町田には、高橋大輔(写真右)をはじめ、世界トッププレーヤーがひしめく日本男子シングルとの激しいソチ五輪代表争いが待っている 【坂本清】

 今大会は残念ながら4回転やトリプルアクセルに失敗があり、完璧な状態で2つのプログラムを見せることはできなかった。しかし彼も、決してジャンプが苦手なわけではない。大きさも美しさもあるトリプルアクセルにはかねてから定評があるし、ほぼ完成している4回転も、決まれば大きな加点が期待できるクオリティーだ。それでも今回は、ジャンプのミスを演技構成点などの高さでカバーして勝つという、トップ選手の勝ち方ができてしまえたほど、彼のプログラムやパフォーマンスは高い評価を受けている。

 そんな町田が、フリー後の記者会見で向けられた質問、「厳しい国内戦を戦っていく上で大事なことは?」に対し、「個性」とはっきり答えたことも印象的だった。

「いちばん大事なのは個性、オリジナリティーだと思います。僕だけのオリジナルを追及して、僕にしかできない演技をしていきたい。自分の一番のセールスポイントを磨いて、なおかつ、ジャンプなどのエレメンツもレベルアップしていく。ジャンプももちろん大事です。どんな表現ができても、ジャンプでミスをしてしまったら、お客さんのノリも半減してしまうから。エレメンツも表現も、すべてが相乗効果で盛り上がって、お客さんやジャッジの皆さんの感情も巻き込める演技が、自分の目指す究極です。
 今、トップとして戦っていこうと思ったら、誰かと同じことをしていても勝てません。たぶん高橋選手や浅田真央選手のプログラムは、彼らにしかできないもの。そんな個性をみんながもっと追及していけば、スケート界ももっともっと注目してもらえる。今は個性、表現、それを出していくための戦略……すべてにおいて追求しなければいけない時代かな、と思っています」

激しい代表争い「ゆくゆくは対等に……」

 フィギュアスケーターは、見る人が思う以上に体育会系で、その身体に流れるものの半分以上は、芸術家の血ではなくアスリートの血だ。ジャンプにとらわれすぎることで、せっかく持っている個性を試合ではほとんど出せない選手もいるし、どんなに演技で人を惹きつけても、見せている本人がまったく自分の魅力に気づいていないこともある。そんな彼らの中にあって、町田は理想的なほど自分の表現を大事にし、さらにアスリートとしてのあり方とも上手くバランスを取れている選手だ。
 4回転ジャンプを跳び、なおかつ極上の芸術を競技の場で見せ続けたランビエールが、彼を後継者に選んだことにも、納得がいくだろう。

 ジャンプが完璧ではないことに不安は残しつつも、町田はソチ開催のグランプリファイナルに一番乗り。ソチ五輪に向けても、間違いなく代表争いの渦中のひとりとなった。
 しかし、グランプリシリーズ表彰台の常連である、日本のトップ選手たち。特にソチの金メダルを狙うと宣言している高橋大輔、負けん気が強く、アスリートとしての精神力が強い羽生結弦。勝負にこだわり、4回転への意地も強い選手たちの中で、町田はどう戦っていくのだろうか。夏の時点では、「ソチは厳しいと思っている。自分にはその後に、チャンスがある」などと語っていたが……。

「まだまだ、厳しいですよ(笑)。大ちゃん、結弦、小塚君……彼らとの間に何枚もあった壁は、かなり壊せた、だいぶ近づけたとは思っています。でも、彼らと対等になったとは、僕はこれっぽっちも思っていない。まだまだいろいろな点で、劣っています。
 でも徐々に徐々に……攻めていっていることは、事実。それがこうして結果にも表れていますし、それを糧にこれからも、もっと攻めて、攻めて。ゆくゆくは対等に戦えるようになりたいですし、それがソチの前にできたら、なおいいですよね。ソチ五輪のシーズンの全日本選手権。見ているみんなが、『本当に誰がオリンピックに行くかわからないね!』――そんなふうにワクワクできる試合にできたらいいな」

 まだ、プレ五輪シーズン。ソチ五輪までの日々は、短いようで長い。右肩上がりの町田が、現エースたちと対等に戦う日は「いつか」というほど遠くはないだろう。
 そしてその場所で最後に勝敗を分けるのは、気持ちの強さ。精神戦となった時、高橋の年月をかけて勝ちとった王者の強さ、羽生の恐れるものを知らない若き勝負師の強さ、小塚のクレバーさで大きなアップダウンを乗り越えた強さ……それとは違う、「自分の個性、表現」を完成させるために戦おうとする町田の強さ。ひょっとしたらそれは、彼だけの持つ強さとして、ライバルたちに立ち向かう、もう1つの武器になるのかもしれない。磨きあげたプログラムは人々の胸を打つだけでなく、戦う彼の心をも支えるものになるのかもしれない。

<了>

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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