ヤングなでしこ、田中陽子という驚き=U−20スイス女子代表 0−4 U−20日本女子代表

宇都宮徹壱

右足に続いて左足でもFKを決めた田中陽

田中陽(写真)は左右両足でFKを決めるという驚きを提供した 【写真は共同】

 日本の1点リードでエンドが変わった後半2分、日本は再びFKのチャンスを得る。今度はペナルティーエリアの右角近く。先ほどとは逆の位置である。この時も、ボールの近くにいたのは田中陽と横山。壁に入っていたスイスの選手たちも、そしてGKベニも、まさか日本の9番が再び蹴るとは予想していなかっただろう。ところがフェイクと思われていた田中陽は、今度は左足でスイスのゴールを突き破る。

 それにしても、右足でも左足でも驚異的な精度のキックを披露する、田中陽の技術の高さには本当に驚かされた。両足で正確なプレースキックができる選手としては、女子では宮間あや、男子では三浦知良が有名である。しかしながら、1試合で両足のFKによる2ゴールを決める選手を目撃したのは、これが初めてであった。ある意味「歴史的」と言ってもよい。それを、19歳の女子がやってのけたのである。ところが当人は試合後、事もなげにこう語っている。

「ひとつのことだけでなく、いろんなことができた方が楽しい。プレーをより楽しくするために、両足の練習をしていたんだと思います。(出身のJFAアカデミーでは)たくさんの映像を見たり、Jヴィレッジに来ていた中村俊輔さんのキックを見てマネしたりしていましたね。(キックの瞬間は)壁を越えたら、このGKの位置だったら入るなと(直感的に)思いました」

 その後、田中陽は後半7分に右CKから西川明花(後半0分に道上と交代)のゴールを演出すると、直後に中里優と交代。体力的にはまったく問題なかったが「すでに1枚(警告を)もらっているので、納得の交代でした」とは本人の弁。初めての国立で、万雷の拍手を浴びながら、田中陽は笑顔でベンチへと退く。日本は後半39分にも、猶本が得たPKを自ら決めて4−0とし、これがファイナルスコアとなった。かくしてヤングなでしこは、堂々首位でグループAを突破。裏の試合でニュージーランドを同スコアで破ったメキシコとともに、ベスト8進出を果たした。

開催国・日本が試される重要な一戦

「引かれた相手にどう攻めるべきか、考えがまだまだ明確ではなかった。その都度、判断するように言っているんですが、ちょっと戸惑ったかもしれない。ニュージーランド戦でもそうでしたが、サイドバックも自信がなくて(左右のMFと)4人でサイドを守っていた。あそこでもっと崩せれば(もっと得点の)チャンスはあったと思う」

 試合後の吉田監督の言葉通り、この日はサイドからの崩しによるゴールは見られなかった。もちろん、圧倒的にチャンスを作って相手ゴールに迫っていたのは日本だった(シュート数は日本22、スイス1)が、相手GKが大当たりしていたことに加え、たびたびバーやポストに嫌われる不運にも見舞われた。とはいえ、こうした試合展開は往々にしてあり得るわけで、そこをセットプレーできっちりカバーできるのは日本の強みであり、それを否定する必要もないだろう。それに(力の差があったとはいえ)相手にほとんどシュートを打たせず、失点をゼロに抑えることができたことは純粋に評価したい。

 ところで、敗れたスイスのシュベリー監督は、なぜか日本のユニホーム(しかも少し型が古いタイプ)を着て会見に登場した。どうやら試合後に、スタンドの観客と交換したらしい。一通りの質問が終わった後、私は監督に「日本の印象はどう変わったか?」と質問してみた。というのも、今大会では「U−20女子W杯盛り上げ隊」という勝手連的な有志が「たくさんの支援をありがとう」という、当該チームの言語で書かれた横断幕を各会場で掲げる活動を続けており、宮城でも盛り上げ隊とスイス代表との間で心温まる交流が生まれていたからだ。果たしてシュベリー監督は、しみじみとこのように語ってくれた。

「試合後、日本のファンの方からユニホーム交換を申し込まれて、喜んで受け入れた。サイズはちょっと小さいのだけれど(笑)、ありがたく受け取ったよ。今日の試合後も、日本の観客から、たくさんの拍手と激励をいただいた。私は5歳からサッカーを始め、37年間サッカーに携わってきたが、今回の日本での経験が最も感動的で素晴らしい瞬間だった。FIFA(国際サッカー連盟)、そして日本全国の方々にお礼を申し上げたい」

 うれしい言葉ではないか。私は今大会は、ヤングなでしこの力が試されているのと同時に、開催国・日本のホスピタリティーも試されているのだと考えている。女子の大会とはいえ、震災以降、これほど大規模のスポーツ大会が日本で開催されるのは、今回が初めてだ。開幕当初はやや盛り上がりに欠け、いささか不安に思われた時期もあったが、シュベリー監督のこの言葉を耳にして、私は今大会がよい方向に進んでいることを確信した。

 そんな中、日本の次の相手が韓国に決まった。宿命のライバルであることに加え、最近は領土問題に端を発する政治的対立が先鋭化していることもあり、30日の準々決勝はいやが上にも注目されることが予想される。そしてこの試合は、ヤングなでしこのみならず、開催国・日本が試される重要な一戦となろう。それだけに、両チームの選手たちが純粋にサッカーに集中できる、当たり前の環境が用意されることを切に願いたい。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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