米満が頂点に、引き継がれた日本お家芸の伝統=レスリング男子
取るべくして取った貫録のV
「夢みたいです。金メダルを取るのが目的だったんですけど、取れるとは思わなかったです」。決勝戦で勝った瞬間、米満の個性的な勝利ダンスもさく裂。スタンドも24年ぶりの歓喜に包まれた。「やった! 米満、金メダル!!」。佐藤強化委員長も顔をくしゃくしゃにして涙を流した。
まさに取るべくして取ったという貫録のVだった。ロンドン五輪は大会3連覇を男女あわせて3人もが成し遂げ、そのほかの階級も近年のトップ3や国際大会で豊富な優勝経験がある選手が優勝するなど“鉄板試合”が続いてきた。
この流れに沿うと、2009年世界選手権3位、2010年アジア大会優勝、2011年世界選手権2位の米満には、十分に優勝する機運が熟していた。
「五輪はどんなに実力があっても、その日の調子によってコロコロ変わる。1日で決める大会は、実力+運がないとできないと思った。(僕は運が悪い方だが)今日は運が良かった。この日のために(運を)ためておいたのかな」
世界選手権で表彰台、そして五輪でチャンピオンと最高の形で世界の頂点に立った。昨年の2位から優勝と、世界での順位を上げた理由は「守りに入っている相手でも、得点できるようになった」と、この1年で成長も見せた。
万全な体調ではマットに上がれなかった。6月の長野・菅平で行われた全日本合宿で右わき腹を負傷。ひねる動作をすると激痛が走るため「グラウンドは、1カ月半ほと練習をしていなかった」と、スタンド戦一本に絞って試合に挑んだ。技は正面タックルと片足タックルの2パターンのみ。幸い、この技を使ってわき腹が痛むことはなかった。
世界選手権トップ3が1ブロックに固まる
「タガビーは決勝とか、上位に勝ち進んでから力を出す選手。初戦の方があまり調子が上がらないタイプなので、きのうの計量会場で、(ロペスと対戦が決まって)落ち込んでいるような姿を見た」という米満は、キューバ勢が初戦の相手になると確信。就寝前もキューバ選手のビデオを熱心にチェックしておいた。
米満の予想は的中し、米満の初戦はロペスとなった。「キューバ(の選手)はフィジカルが強くて、初戦からフルパワーで来る」と警戒していたが、前夜のビデオチェックが効いたのか、2−0で勝ち進んだ。
ヤマ場だったのは3回戦のカナダのハイスラン・ベラネス戦だ。「フィジカルも強いし、前回対戦した時と構えが違っていた。タックルの切りも早くてタックルに入れなかった。序盤から目つきなど反則行為も何回もやられました」と第1ピリオドは攻撃を仕掛けられず、クリンチで落としてしまう。ピリオド数をタイに戻して挑んだ第3ピリオドでは、口に手を入れられるラフプレーもされた。米満はそれでも心は折れずに戦い、タックルからニアフォールを奪って、ベラネスをねじ伏せた。
外国人対策が決まった「両足からの持ち上げタックル」
この日、「攻撃はタックル」と決めた片足、両足タックルが決勝戦でも爆発。特に第2ピリオドで見せた、両足の持ち上げ3点タックルが圧巻の出来だった。米満は「この技は外国人対策です。持ち上げないとタックル返しに来るから」と外人の得意技を研究して、タックルのバージョンも変化させていった。ビッグポイント3点を奪った米満は、その後、クマールの攻撃をわずか1点に抑えて終了のブザーを聞く。
金メダルを取って、真っ先に達成できたと思ったことがある。「高校からレスリングを始めても、金メダルが取れるんだぞと証明できた」。女子で五輪3連覇を果たした吉田沙保里(ALSOK)、伊調馨(ALSOK)、男子で銅メダルを獲得した松本隆太郎(群馬ヤクルト販売)、湯元進一(自衛隊)すべてに共通することが、キッズレスリングから競技を始めていることだ。競技を早く始める方がより強くなるという風潮があるため、レスリングキャリアがほかの選手と比べて半分しかない米満が世界を制するには、ハンディがあると言われていた。
そのハンディを乗り越え、ここ数年では日本のフリースタイルの大本命として常に「金の卵」の扱いを受けてきた。ロンドン五輪に向けては、過度の取材を受けてきたこともある。「(金、金と騒がれて)プレッシャーはすごくあったけど、これがあったから金メダルが取れた」と語るほど、米満のメンタルは強かった。
まだ、26歳。今回が集大成の試合という考えは毛頭ない。「五輪2連覇ですか? 目指す可能性はありますね」と笑顔で返した米満。日本男子に24年ぶりにゴールドメダリトが誕生し、日本お家芸の伝統はソウル五輪金メダルの佐藤強化委員長から米満に、確かにこの日、受け継がれた。
<了>
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