米満が頂点に、引き継がれた日本お家芸の伝統=レスリング男子

増渕由気子

取るべくして取った貫録のV

米満は男子レスリングに24年ぶりの金メダルをもたらした 【Getty Images】

 男子レスリングに24年ぶりに金メダル! 男子フリースタイル66キロ級の米満達弘(自衛隊)が、ロンドン五輪最終日に遂にやってくれた。決勝戦で2010年世界選手権優勝のスシル・クマール(インド)を2−0で破って優勝。1988年ソウル五輪フリースタイル48キロ級の小林孝至、同52キロ級の佐藤満(現・男子強化委員長)以来、24年ぶりの金メダルを獲得した。

「夢みたいです。金メダルを取るのが目的だったんですけど、取れるとは思わなかったです」。決勝戦で勝った瞬間、米満の個性的な勝利ダンスもさく裂。スタンドも24年ぶりの歓喜に包まれた。「やった! 米満、金メダル!!」。佐藤強化委員長も顔をくしゃくしゃにして涙を流した。

 まさに取るべくして取ったという貫録のVだった。ロンドン五輪は大会3連覇を男女あわせて3人もが成し遂げ、そのほかの階級も近年のトップ3や国際大会で豊富な優勝経験がある選手が優勝するなど“鉄板試合”が続いてきた。

 この流れに沿うと、2009年世界選手権3位、2010年アジア大会優勝、2011年世界選手権2位の米満には、十分に優勝する機運が熟していた。
「五輪はどんなに実力があっても、その日の調子によってコロコロ変わる。1日で決める大会は、実力+運がないとできないと思った。(僕は運が悪い方だが)今日は運が良かった。この日のために(運を)ためておいたのかな」

 世界選手権で表彰台、そして五輪でチャンピオンと最高の形で世界の頂点に立った。昨年の2位から優勝と、世界での順位を上げた理由は「守りに入っている相手でも、得点できるようになった」と、この1年で成長も見せた。
 万全な体調ではマットに上がれなかった。6月の長野・菅平で行われた全日本合宿で右わき腹を負傷。ひねる動作をすると激痛が走るため「グラウンドは、1カ月半ほと練習をしていなかった」と、スタンド戦一本に絞って試合に挑んだ。技は正面タックルと片足タックルの2パターンのみ。幸い、この技を使ってわき腹が痛むことはなかった。

世界選手権トップ3が1ブロックに固まる

 米満の最大の敵は、昨年の世界選手権決勝で対戦して負けたメフディ・タガビー(イラン)だと思われていた。だが、タガビーは初戦で世界選手権3位のリバン・ロペス(キューバ)相手に敗退。勝者となったロペスが米満の初戦(2回戦)の相手に上がってきた。
「タガビーは決勝とか、上位に勝ち進んでから力を出す選手。初戦の方があまり調子が上がらないタイプなので、きのうの計量会場で、(ロペスと対戦が決まって)落ち込んでいるような姿を見た」という米満は、キューバ勢が初戦の相手になると確信。就寝前もキューバ選手のビデオを熱心にチェックしておいた。
 米満の予想は的中し、米満の初戦はロペスとなった。「キューバ(の選手)はフィジカルが強くて、初戦からフルパワーで来る」と警戒していたが、前夜のビデオチェックが効いたのか、2−0で勝ち進んだ。

 ヤマ場だったのは3回戦のカナダのハイスラン・ベラネス戦だ。「フィジカルも強いし、前回対戦した時と構えが違っていた。タックルの切りも早くてタックルに入れなかった。序盤から目つきなど反則行為も何回もやられました」と第1ピリオドは攻撃を仕掛けられず、クリンチで落としてしまう。ピリオド数をタイに戻して挑んだ第3ピリオドでは、口に手を入れられるラフプレーもされた。米満はそれでも心は折れずに戦い、タックルからニアフォールを奪って、ベラネスをねじ伏せた。

外国人対策が決まった「両足からの持ち上げタックル」

 決勝戦の相手、クマールは09年の世界選手権3位決定戦で下している相手。クマールはその翌年に世界王者になっており、米満と互角の対決が予想された。だが、1976年モントリオール大会の金メダリストの高田裕司日本協会専務理事が「インドの選手は準決勝に勝って、相当に喜んでいた。決勝に行けるだけで満足しているんだなと思ったので、米満が勝つと思った」と語ったように、メンタル面で米満に分があった。

 この日、「攻撃はタックル」と決めた片足、両足タックルが決勝戦でも爆発。特に第2ピリオドで見せた、両足の持ち上げ3点タックルが圧巻の出来だった。米満は「この技は外国人対策です。持ち上げないとタックル返しに来るから」と外人の得意技を研究して、タックルのバージョンも変化させていった。ビッグポイント3点を奪った米満は、その後、クマールの攻撃をわずか1点に抑えて終了のブザーを聞く。 

 金メダルを取って、真っ先に達成できたと思ったことがある。「高校からレスリングを始めても、金メダルが取れるんだぞと証明できた」。女子で五輪3連覇を果たした吉田沙保里(ALSOK)、伊調馨(ALSOK)、男子で銅メダルを獲得した松本隆太郎(群馬ヤクルト販売)、湯元進一(自衛隊)すべてに共通することが、キッズレスリングから競技を始めていることだ。競技を早く始める方がより強くなるという風潮があるため、レスリングキャリアがほかの選手と比べて半分しかない米満が世界を制するには、ハンディがあると言われていた。

 そのハンディを乗り越え、ここ数年では日本のフリースタイルの大本命として常に「金の卵」の扱いを受けてきた。ロンドン五輪に向けては、過度の取材を受けてきたこともある。「(金、金と騒がれて)プレッシャーはすごくあったけど、これがあったから金メダルが取れた」と語るほど、米満のメンタルは強かった。

 まだ、26歳。今回が集大成の試合という考えは毛頭ない。「五輪2連覇ですか? 目指す可能性はありますね」と笑顔で返した米満。日本男子に24年ぶりにゴールドメダリトが誕生し、日本お家芸の伝統はソウル五輪金メダルの佐藤強化委員長から米満に、確かにこの日、受け継がれた。

<了>
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著者プロフィール

栃木県宇都宮市出身。作新学院高〜青山学院大・文学部史学科卒業。高校まで剣道部に所属し、段位は2段。趣味は、高校野球観戦弾丸ツアーと、箱根駅伝で母校の旗を携えての追っかけ観戦

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