モハメド・アリと米国社会の和解 96年アトランタの聖火

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96年アトランタ五輪 モハメド・アリの聖火トーチ

96年アトランタ五輪の最終聖火ランナーを務めたモハメド・アリが実際に使用した聖火トーチ、これは米国社会との和解を象徴する貴重な一品だ 【K-Collections】

 五輪にまつわるグッズ、コレクションを見ながら、過去のオリンピックのヒーローや熱きドラマ、エピソードを振り返るコラム「オリンピックメモリーbyコレクション」。
 第2回目は、1996年アトランタオリンピック開会式で最終聖火ランナーを務めたボクシング界のスーパースター、モハメド・アリが使用した聖火トーチを紹介したい。

 アリ自身、アマチュア時代の1960年のローマ五輪に出場し、金メダルを獲得。しかし、故郷で待っていたのは賞賛や尊敬ではなく「差別」だった。プロ転向後もリング上で数々の世界王座を獲得し最強のチャンピオンとなる一方、リング外では米国社会と戦い続けたアリ。そんな彼の現役引退から15年後、アトランタで待っていた感動のフィナーレとは……。

予期せぬ人物の登場に大きなどよめき

 1996年7月19日、アトランタオリンピック開会式。オリンピックスタジアムを埋め尽くした大観衆は、最終聖火ランナーが一体誰なのか、固唾を飲んで、その登場を待っていた。
 静まりかえった会場は次の瞬間、予期せぬ人物の登場に大きなどよめきに包まれた。聖火台の点火ランナーとして姿を現したのがあのモハメッド・アリだったからだ。
 パーキンソン病と闘い続けるアリが震える手で、聖火台に点火した時、ざわめきは大きな拍手に変わり会場を包み込んだのだった。

「蝶のように舞い、蜂のように刺す」――アリ独特のボクシングスタイルで世界のヒーローとなったアリだったが、アメリカ社会とは常に“軋轢(あつれき)”があった。
 ケンタッキー州ルイビルの貧しい黒人街で生まれたアリがボクシングと出合ったのは12歳の時。アリが自転車を盗まれた時、警官が取り返したければ体を鍛えろ、とボクシングジムを紹介してくれたのがきっかけだった。映画ロッキーのモデルとなったロッキー・マルシアノの試合をラジオで聞いてチャンピオンになろうと心に決めたアリは瞬く間に頭角を現した。

米国社会への挑戦、ベトナム反戦運動のシンボルに

 そして1960年18歳の時、ローマオリンピックで金メダルを手にした。しかし故郷で待ち受けていたのは祝福や賞賛、尊敬ではなく「差別」だった。ある日、レストランに入って金メダルを見せて名乗っても「ここは白人専用、黒人の来るところではない」と追い出されたのだ。悔しさのあまり、その帰り道、彼はオハイオ川に金メダルを投げ捨てた、といわれる。

 プロ転向後もアリの快進撃は続いた。1964年トニー・リストンを破ってヘビー級のタイトルを奪取したのは22歳の時である。そしてこの時はアリ自身が米国社会へ挑戦する。チャンピオンになった翌日の記者会見で、白人が付けた奴隷の名前カシアス・クレイを捨てモハメッド・アリになる、と宣言したのである。

 1966年、アリに徴兵令状が来た。が、アリは人々の前で徴兵カードを焼き捨て徴兵拒否。チャンピオンベルトとボクシングライセンスを剥奪され、その替わりアリはベトナム反戦運動のシンボル的な存在となったのだ。
 5年の空白を経て復帰、1978年にはレオン・スピンクスとの対戦で三度目の王座を手にしたがパーキンソン病を発症、1981年に引退した。

和解を示す象徴的なシーン、その価値は計り知れない

アリ本人のサインも記されており、その価値は計り知れないだろう 【K-Collections】

 このように米国社会と戦い続けてきたアリが、アトランタ五輪の最終聖火ランナーに選ばれたのはまさしく“アリと米国社会の和解”を示す象徴的なシーンだったのである。さらにアトランタ五輪期間中に国際オリンピック委員会はアリがローマオリンピックで獲得し、川に捨ててしまったのと同じ金メダルを作成、アリに再交付したのだった。

 アリはアトランタ五輪直後に行われたチャリティーオークションにこのトーチにサインをして出品した。

 このほど、ロンドン五輪組織委員会がオフィシャルサイト内でオークションにかけた元英国代表のデビッド・ベッカムが使った聖火トーチが約162万円で落札されたことが話題となった。しかし、今回紹介した聖火トーチは“アリが使ったトーチ”というスポーツコレクションとしてではなく「モハメド・アリと米国社会の和解」の証という意味でとその価値は計り知れないといっていいのではないだろうか。
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