天才・遠藤保仁が示す日本サッカーの未来=風間八宏が説く日本流ゲームメーカーの存在意義

日本はもっとああいう選手を探す必要がある

広い視野で敵も味方も操ることができる日本屈指のゲームメーカー、遠藤 【Getty Images】

――風間さんも現役時代にゲームメーカーでした。自分と似ていると感じるところはありますか?

 自分より遠藤はもっといろんなものを見ているし、サッカーを知っていると思う。あの年齢でも、すごく落ち着いているから。タイプも違う。けれど、敵を見てサッカーをするっていうのは共通しているかもしれない。自分が見えて、味方が見えて、それに相手も見える。試合後、「今日のおれはどうでした?」って聞いてくる選手と、「今日のチームはどうでした?」って聞いてくる選手でタイプが分かりますよね。遠藤は後者だと思います。

――遠藤はチームはどうだったかを聞くタイプだと

 だと思います。それにゲームメーカーと呼ばれる選手はたくさんいるけど、話を聞くと俯瞰で見ている選手っていうのはあまりいない。外から見ているものと、中から見ているものがかなり違うっていう選手が多い。それに対して、遠藤は間違いなく俯瞰で見えていると思います。

――相手を見てやるっていうのは、ある意味当たり前のことですがプロの中でも差があるんですか?

 相手なんていうのは、普通なかなか見えないんです。まして俯瞰で全体を見える選手っていうのは。

――なるほど

 局面を見れる選手っていうのはたくさんいるし、基本的にはそれで問題ないんですよ。ポジションごとに役割があるから。でも、やっぱりチームの中に俯瞰で見れる選手っていうのは1人、2人いないと。それがチームの目になるから。チームの目って言うのはすごく大事で、それが基準になる。日本代表では、遠藤の目が中心になって動いている。ガンバ大阪もそう。最近はチームの目がいらないサッカーが多くなってしまった。ピッチにいる選手は、みんな平等だっていうサッカーをしている。それでは個性が出てこない。目を持った選手がいれば、もっとチームを動かせるんです。

――選手が俯瞰で見ているな……と分かるのは、誰も見ていないところにパスを出して、スタンドを驚かせたときなどでしょうか

 遠藤のポジショニングをパッと見て、あまり前に出てこないときは、「今日の相手なら、必要がないと判断したんだな」って思う。かと思ったら、急にやり出すこともある。全体の流れをよく見ている選手で、ピッチを俯瞰で見ていないとそういう状況に応じたプレーの切り替えはできないですよね。

――俯瞰で見ていることは、ちょっとしたポジショニングからも判断できるわけですね

 できます。守備のやり方もそう。遠藤は無駄に相手に食いついたり、後ろに下がったりはせず、相手のパスコースをふさぐようにポジションを取る。味方も敵もしっかり認識して、さらに俯瞰で見られないとこういう守備はできない。ずるずる下がるだけのボランチだと、相手にスペースを与えてしまうけど、遠藤はそういうことが少ない。パスコースが見えているから、どこで取りに行くかも分かっている。

――攻撃だけでなく、守備においても、遠藤は独特なものがあるんですね

 日本では「遠藤がいなくなったら誰が代わりをできるんだ」って言われていると思うけれど、それは正しいと思います。日本サッカー界はもっと意識して、ああいう選手を探す必要があるんじゃないでしょうか。外国と比較するのではなく、日本のゲームメーカーはこういう選手で行くぞ、と。

欧州や南米のサッカーの定義に乗っかる必要はない

――俯瞰の目というのは才能ですか?

 才能ですね。目と言ったって、普通の選手とは見えているものが全然違う。そういう選手を見つけ出せるような環境を作らないといけない。指導者たちが、見つけ出す目をもっと持たないといけない。実はそれが一番難しいことですからね。もしかしたら、発見されずに消えている選手はたくさんいるかもしれない。遠藤だって、遅咲きだから危なかった。みんなが本気で探さないと。遠藤の功績というのは、そういうことを考える人を増やすきっかけを作ったことだと思います。

――正直分かりづらい能力ですよね? 足も速くなくて、のらりくらりした感じ

 でも、間違いなく味方が安心できるし、敵が一番嫌な選手です。

――天才と呼ぶにふさわしいと?

 そうですね。日本の中の天才と言えると思います。

――シャビと似ているとよく言われますが、どう思いますか?

 チームの状況が異なるから一概には言えないけれど、タイプが違うと思う。シャビっていうのはもっと動く選手で、一方、遠藤は相手のテンポを見ながらサッカーをしたがる選手。独特のリズムを持っている。逆にスピードやフィジカルの問題を言うとすると、受け身に回ったら弱いっていうのは、彼自身分かっていると思う。けれど、プレーを見極める目があれば対処できる。「こいつには体を当てない方がいいな」とか「こいつは当ててちゃんと止めないとな」とか。こういう考え方はヨーロッパの理屈では通じないから、もしスカウトが見たらフィジカルが弱いとか、スピードがないっていうのを指摘するかもしれない。でも、それはヨーロッパの中でステップアップするためだったら必要だろうけど、必ずしもヨーロッパのリーグでプレーするのがいいというわけではない。日本の国内で日本のゲームメーカーを作る、生み出すっていう考え方があってもいいと思いますね。

――まさにそれが日本オリジナルのサッカーを生むことになるわけですね

 ヨーロッパや南米の定義に乗っかる必要はないと思う。もう日本はそういう価値観に踊らされなくてもいいんじゃないでしょうか。真ん中のポジションを考え直す、良い機会じゃないかなって思う。フランスは足が速いとかフィジカルが強い選手ばっかりを探していたら、真ん中でゲームを作れる選手がいなくなってしまった。

――ただ、あれほどの選手がヨーロッパのリーグでプレーできないのは、キャリアを考えたら少し残念な気もします

 そういう部分はあるかもしれないけれど、これからは周りのとらえ方も変わっていくと思う。日本だけが分かる価値を、日本人がきちんと高いものにしていけばいい。たとえば海外のクラブからはいらないと言われても、「うちは10億円の年俸を出すよ」っていう状況を作ればいい。そうしたらJリーグの価値ももっと出てくる。

――なるほど、そうなったらきっとJリーグを見ようと思う人がもっと増えますよね

 海外に行くのがいいっていう考え方も分かるし、経験できることも多い。自分自身がそうだった。でも、香川真司がドルトムントから大きなサラリーを提示されるのと同じように、Jリーグのクラブが遠藤にもっと大きな評価を与えられるようになってほしいと思います。今、日本サッカーはそういう時期に来ているのではないでしょうか。

日本オリジナルのボランチ像が完成する可能性

 日本サッカーが次のステージに進むためのヒントは、海外ではなく日本の中にあるのかもしれない。自分も味方も相手も操れる遠藤のようなゲームメーカー像をさらに突き詰めれば、世界のどこにもない日本オリジナルのボランチ像が完成する可能性がある。そうすればおのずと、日本独自のサッカースタイルも生まれてくるはずだ。

 フィジカルやスピードだけでなく、目や駆け引きでも勝負する。そういう人材ならば、日本はヨーロッパよりも多くの“天才”がいるはずだ。

 遠藤のプレーに、日本サッカーの未来がある。

<了>

※このインタビューは風間八宏氏が筑波大学蹴球部監督時代に行ったものです。

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・田村修一 オシムのメッセージ
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・千田善 元日本代表通訳の回想
・下薗昌記 チームメートが体感する遠藤保仁の進化―明神智和、加地亮、中澤聡太、武井択也の証言
・清水英斗 ヤット・スタイルを科学する
・竹田聡一郎 79年組の述懐
・木崎伸也 遠藤が示す日本サッカーの未来 風間八宏が説く日本流ゲームメーカーの存在意義
・北健一郎 遠藤彰弘、山口智が語る 新時代のボランチ論
・木村元彦 [新連載]ランコ・ポポヴィッチのFC東京戦記
・西部謙司 [新連載]戦術サミット 第一回 中村憲剛インタビュー
・佐山ブックマン一郎 FOOTBALL BOOK REVIEW サッカー版「ぼくの採点表」
・松本育夫 [新連載]炎の説教部屋
 ほか

木崎伸也/Shinya Kizaki
1975年1月3日、東京都生まれ。中央大卒。2002年夏にオランダに移住し、翌年からドイツを拠点に活動。高原直泰や稲本潤一などの日本人選手を中心に、欧州サッカーを取材した。2009年2月に日本に帰国し、現在はスポーツビジネスやリーダーシップのテーマに力を入れている。『Number』『サッカー批評』『フットボールサミット』などに記事を執筆。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『クライフ哲学ノススメ 試合の流れを読む14の鉄則』(サッカー小僧新書)など

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