「日英女子チャンピオンの対戦」から見えるもの=INAC会長が考える女子サッカー界の未来像

宇都宮徹壱

「なでしこ」と「アーセナル」の試合が、たったの1000円

東京・国立で行われた「日英女子チャンピオンの対戦」は1万1005人の観客を集めて大いに盛り上がった 【宇都宮徹壱】

 その日の公式入場者数は1万1005人と発表された。
 11月30日、東京・国立競技場で行われた「TOYOTA Vitz CUP」。INAC神戸レオネッサ対アーセナル・レディースによる「日英女子チャンピオンの対戦」は、1−1の引き分けに終わった。「ホーム」の神戸は、6割以上のボールポゼッションを維持し、前後半合わせて16本のシュートを放つなど、ほとんどの時間帯でゲームを支配していた。だが、チ・ソヨンの個人技によるドリブル突破で先制したものの、直後にカウンターからの失点を許してしまう、いささか不満の残る試合内容となってしまった。

 もっとも、この日の試合は「エンターテインメント」としてはかなりのレベルにあったと思う。考えてみてほしい。キックオフは19時15分、しかも会場は、都心からアクセスの良い国立である。会社帰りに「なでしこ」と「アーセナル」の試合が、たったの1000円(一般自由席)で見られるのである。サッカー好きにとって、これほどコストパフォーマンスに優れたエンターテインメントは、あまり例がないのではないか。

 余談ながら、ツイッターのタイムラインを見ると「女子サッカーで1万人超えはすごい!」という書き込みが少なくなかった。とはいえ、ワールドカップ(W杯)直後の7月下旬に行われた、神戸対湯郷ベルの試合では、何と2万1236人を記録しているのだ。ゆえに私は「1万5000人くらいは行くかな」と思っていた。その意味で「1万1005人」という数字は、やや物足りなさを感じたものの、今夏から続く「なでしこフィーバー」が、決して一過性のものではなかったことへの証左となったのは間違いない。

 いずれにしても、日本のなでしこリーグチャンピオンと、イングランドスーパーリーグ覇者との顔合わせとは、何と言う素晴らしいアイデアであろうか。これまで女子の試合といえば、ナショナルチーム同士の戦いがほとんどであった。プレシーズンマッチで韓国や中国のクラブチームと対戦することはあっても、ヨーロッパのクラブチーム、それも名門の誉れ高き「アーセナル」が来日するというのは、実に画期的なことである。もしこれが「アジア女王vs.ヨーロッパ女王」の対戦にまで発展したら、どれだけ盛り上がるだろう。それは間違いなく、W杯や五輪とは一味もふた味も違う、女子サッカーの新たなキラーコンテンツとなることは間違いない。

「エンターテイメントの世界は、次の刺激を常に与え続ける必要がある」

INACレオネッサ神戸の文弘宣会長。「エンターテイメントの世界は、次の刺激を常に与え続ける必要がある」と語る 【宇都宮徹壱】

「女子サッカーのクラブW杯」――少し以前なら、まったくの夢物語でしかなかっただろう。もちろん実現させるためには、いくつもの高いハードルを越えなければならないことは言うまでもない。それでもこの日実現した、フットボールの母国の女王とW杯優勝国の女王との対戦は、決して一過性のイベントにとどまるような話にも思えないのである。というのも私は、この対戦が決まる直前の10月中旬の時点で、すでに「女子の世界選手権の重要性」を説いていた人物に出会っているからだ。ほかならぬ、INACレオネッサ神戸の会長、文弘宣(ぶん・ひろのり)氏である。神戸市内のオフィスで文会長にインタビューした際、私は「今回のなでしこフィーバーを一過性のブームに終わらせないためには、どんな方策が必要でしょうか」と尋ねた。会長の答えは、実に明確かつスケールの大きなものであった。

「来年はロンドン五輪があるので、そこまでは盛り上がると思います。良い戦いをして、ベスト4以上であれば、そのまま(ブームは)継続すると思います。では、五輪の後をどうするのかというと、(世界)クラブ選手権しかないと思いますね。エンターテイメントの世界は、次の刺激を常に与え続ける必要があります。では、W杯や五輪の次は何かというと、世界一のクラブなんだよと」

 決して非現実的な夢を語っていたのではない。実のところ会長は、米国代表のワンバックやブラジル代表のマルタら世界中の女子サッカーのトッププレーヤーの獲得も真剣に考えていたようだし、そのことをメディアに対しても言及している。私の取材に対しても、このように語っていた。

「たとえばワンバックが(日本に)来ても、昔のように莫大なお金がかかるかというと、そんなこともないですよ。引退までの残り1年、澤(穂希)と日本でプレーしたいというのでもいいんです。マルタが来たなら、このスポンサーに声を掛けましょうとか。こういう仕掛けをリーグのフロントができるかどうか。僕が考えているのはそこです」

 さらにインタビューを進めていくと、文会長は以前より海外のクラブの女子チームとも積極的に交流を図っていたことが判明する。最初は韓国や中国といった東アジアからスタートし(韓国の女子リーグ創設にも深く関わっている)、最近ではヨーロッパにも足を延ばしているという。

「ドイツに行って、フランクフルトやバイエルンのGM(ゼネラルマネジャー)にも会いました。交流しようと持ち掛けたら、大歓迎だと。W杯の結果が出る前でしたけどね。日本が世界一になったことで、声を掛ければいくらでも歓迎しますとか、行きますとかなっているので、今がチャンスなんです。ですから、その期間を逃すわけにはいかない」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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