「日英女子チャンピオンの対戦」から見えるもの=INAC会長が考える女子サッカー界の未来像

宇都宮徹壱

今後の女子サッカー界に求められるのは「フロント力」

今季のなでしこリーグを無敗で優勝した神戸。その強さの源は「サッカーに集中できる環境」にあると言われる 【宇都宮徹壱】

 INAC神戸レオネッサが誕生したのは、今から10年前の2001年のことである。関西リーグ3部からスタートして、わずか6年でトップリーグに参戦した神戸は、1年目こそレギュラーシーズンで最下位に沈んだものの、その後は積極的に選手補強を続けながら着実なステップアップを続ける。そしてついに昨シーズンオフには、澤や大野忍といった日テレベレーザの主力選手4名を獲得。経営難により、プロ契約選手を維持できなかったベレーザに代わって、神戸が日本の女子代表を下支えする新たなビッグクラブとして名乗りを挙げることとなった。今季は無敗のまま、堂々のリーグ優勝に輝いたのは周知の通り。戦力のみならず、集客でもリーグナンバーワンである。とはいえ文会長は、自分のチームだけが強ければ、それでよしとは決して考えてはいない。

「1チームじゃダメですね。たとえば阪神・巨人戦のように、そういうチームが出てこないと観客が入らない。観客が入らなければ、たとえプロ化しても無意味です。やはり試合が面白くないといけないので、選手の環境を変える必要がある。そうしようと思ったら、Jのようにリーグ側が分配金をしなくてはならない。分担金を集めるのではなくて(収益の)分配を行う。それがリーグの仕事ではないかと思います」

 ビジネスマンとしての側面ばかりに目が行きがちだが、文会長はなでしこブームが起こる前から、選手の待遇改善を第一に考えてきた。澤や大野といった代表クラスの選手が神戸に集まってきたのも、国内の女子サッカークラブの中で、最もサッカーに専念できる環境がそこにあったからである。そうした環境づくりを、自分のクラブだけではなく、リーグ全体に求めたい。それが、この人の発想の根底にはあるようだ。

「今は選手の努力によって(女子サッカーの)価値が上がった。なのに、フロントが努力しないで価値を安売りするのは、どうなのかなと。やはりフロントの問題なんです。そこに優秀な人間が座るかどうかがポイントです。選手じゃない。チームの改善にしろ何にしろ、フロントにアイデアがなければ何も変わらない」

 女子サッカーの指導者については、昔から情熱を傾けて選手を育てている人材は少なくなかった。では、フロントについてはどうか。自ら望んで女子クラブのフロントとなり、チームを強化したりクラブ組織を充実させたりすることに情熱を燃やす人材は、果たしてどれだけいるだろうか。

「バブルがはじけたら前みたいに戻るから、今のままで良いじゃないか。そういう考えもあります。でもビジネスとしては、今チャンスが来ている。それをつかむか逃すかは、フロントの能力なんです。そこが今一番、問われます。ただ(リーグ運営の)会議では、戦略的な話し合いがあまりないんですね。リーグ全体でとらえるより、各チームに任されていて、事務局がその調整役って感じです。5年後、10年後のあるべき姿を議論するという雰囲気は、あまりないですね」

2011年は「女子サッカーが発見された年」であった

W杯の優勝メダルを見せる澤穂希。今年は「女子サッカーが発見された年」として、長く記憶されることだろう 【宇都宮徹壱】

 さて、早いもので今年もあと1カ月を残すのみとなった。「日英女子チャンピオンの対戦」の翌日、今年の新語・流行語大賞に「なでしこジャパン」が選ばれたことが報じられた。順当な結果である。テレビをつければ、なでしこの選手たちが当然のごとくCMに登場し、書店に行けば、女子サッカー関連の書籍が所狭しと並んでいる。なでしこが国民栄誉賞を授与されたとき「団体での受賞は初」ということばかりが話題になったが、むしろ「男女通じてサッカー界初」であったという事実は銘記されるべきだと思う。

 いろいろあった2011年。日本サッカー界においては、今年は「女子サッカーが発見された年」として、長く記憶に刻まれるように思えてならない。発見したのは誰か。多くのサッカーファンは、もちろん女子サッカーの存在は認識していたし、女子代表の試合も機会があれば見ることもあっただろう。だがリーグ戦となると、その数はかなり限られていたはずだ(私自身、なでしこリーグをきちんと取材したのはW杯以降である)。女子サッカーを「発見した」のは、実のところサッカーやJリーグに縁遠かった「にわか」と呼ばれる人たちであった。それは、実際のなでしこリーグの客層を見れば一目瞭然(りょうぜん)。文会長も、このように語っている。

「今、スタジアムに来ていただいているお客さんは、お子さんからお年寄りまで、Jの試合を見たことがない方がほとんどなんです。ということは(女子サッカーは)新しい分野なんですよ。では、新しい分野をどう開拓するのか? そこが重要なんです」

 間違いなく言えるのは、これまでと同じ発想のままなら、来年のロンドン五輪以降、女子サッカーは再びマイナースポーツの扱いを受けるということだ。これまでは選手が努力し、勝ち続けることで、何とか世間の注目を持続させてきた。だがそれとて、自ずと限界がある。今後は、クラブの魅力と体力を高めるためのフロント力が不可欠だろうし、国外のクラブや選手の往来を増やしていくことにも積極的にチャレンジしていくべきだ。

 もちろん現時点では、女子のクラブW杯どころか、アジアチャンピオンズリーグを実現させるにも、まだまだ解決すべき課題が多いのが実情であろう。それでも、今回の「日英女子チャンピオンの対戦」は、女子サッカー界の未来像を思い描く上で、少なからぬ示唆を与えてくれたように思えてならない。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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