アルゼンチンに広がる不安とウルグアイが示す模範

アイデンティティーを失ったアルゼンチン

アルゼンチンはコパ・アメリカに続き、またしてもボリビアと引き分けた。メッシ(中央)を筆頭に、優秀なアタッカーがそろうが、W杯予選でも苦戦を強いられている 【写真:ロイター/アフロ】

 4カ月前にコパ・アメリカ(南米選手権)を制したウルグアイ代表は今、ワールドカップ(W杯)・ブラジル大会南米予選で首位を走っている。

 それに引き換えアルゼンチン代表は、ホスト国として臨んだコパ・アメリカで弱小国ボリビアとの初戦を1−1で引き分け、決勝トーナメント1回戦でウルグアイに敗れて早々に敗退した。ホームでボリビアに勝ち点1を与えたのはそれが同国史上初のことだったが、わずか4カ月後に行われたW杯予選でもアルゼンチンは失態を演じてしまう。リーベル・プレートのホームスタジアム、モヌメンタルにて再びボリビアと1−1で引き分けたのだ(編注:15日のコロンビア戦ではアルゼンチンが逆転勝利を飾り、2位につけている)。

 世界最高の選手と称賛され、恐らく来年1月には3年連続でFIFAバロンドールを受賞するだろうリオネル・メッシのような天才、さらにゴンサロ・イグアイン、ハビエル・パストーレ、ハビエル・マスチェラーノ、セルヒオ・アグエロら世界的ビッグネームを多数擁するアルゼンチンが、なぜここまで結果を出すのに苦労しなければならないのか、多くの人々が理解に苦しんでいる。すでにアルゼンチンは18年間も公式タイトルから遠ざかっているのだ。

 その理由を説明し始めたら長くなるし、すでに過去のコラムでも書いてきたことではあるが、極論すればアルゼンチンサッカー界がプレーのアイデンティティーを失ってしまったと言えるかもしれない。

中盤やディフェンスにトップレベルの選手はいない

 プレーを楽しむことを忘れた選手たちはただ仕事として試合をこなすようになり、指導者たちは南米伝統のスタイルよりヨーロッパ的な戦術と規律に傾倒するようになった。何より重大なのは、この四半世紀の間に生じた育成組織の変化によってウイングやサイドバック、足元の技術が高く空中戦も強いセンターバックといった人材、そして最大の強みだったはずのクリエーティブなゲームメーカーまでもが不足するようになってきたことだ。

 現在のアルゼンチン代表における世界的スターといえば、そのほとんどがアタッカーの選手である。一方、マスチェラーノやハビエル・サネッティといった例外を除き、中盤やディフェンスにはトップレベルの選手がほとんどいなくなった。

 元アルゼンチン代表監督のホセ・ペケルマンは「若く将来有望な選手がたくさんいるなんて考えてはならない。新たな“クラック”(名手)を発見するのは以前よりずっと難しくなっている」と2006年に言っていたが、彼の言葉は正しかったようだ。

 このような状況がもたらした結果として、アルゼンチンに帰国して代表でプレーする際のメッシはいつも、自身をフォローし、パスの受け手となってくれるチームメートが見つけられず、いら立ちを募らせている。しかも国内リーグでプレーしたことがなく、ほかの選手とは違い所属クラブのサポーターという後ろ盾を持たない彼は、代表戦のたびに結果を求めるファンの厳しい視線にさらされている。

 周囲からは十分なフォローを得られず、しかし何よりも結果を出すことを要求される彼は、バルセロナでプレーする時より2倍も3倍も大きな肉体的負担と運動量を強いられているのだ。

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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