ドゥシャンベへの遠き道のり=タジキスタン戦前日コラム

宇都宮徹壱

経由地のウルムチに留め置かれて

ウルムチの中心街にて。気温も風景も、とにかく「寒い」という印象しかなかったのが残念 【宇都宮徹壱】

「へえ、向こうはもう雪が降っているのか」
 タジキスタンの首都・ドゥシャンベに出発する直前の9日未明、現地の空模様に関する書き込みをツイッターのタイムライン上で発見したときの私の反応は、今思えば実に無邪気なものであった。ワールドカップ(W杯)・アジア3次予選突破が懸かる、今回のアウエー2連戦。その初戦の相手は、先月のホームゲームで8−0と大勝した、タジキスタンである。日本との力の差は明らかであるが、アウエーとなると話は別だ。現地でどんなアクシデントが待ち構えているか、実際に行ってみるまでは分からない。

 中央アジア5カ国のひとつ、タジキスタン。ほとんどの日本人にとって、およそなじみのないこの国へのアクセスは、決して一筋縄ではいかない。今回、私が採用したルートは、羽田→北京、北京→ウルムチ、ウルムチ→ドゥシャンベ、というものであった。ちなみにウルムチとは、新疆ウイグル自治区の首府であり、中国から中央アジアへの玄関口となっている。それぞれのフライト時間は、羽田→北京が4時間、北京→ウルムチが4時間20分、ウルムチ→ドゥシャンベが2時間35分。実は国際線よりも、国内線で移動している時間のほうが長い。いかにも中国ならではの旅程である。

 ちなみに、ウルムチに関してはもうひとつ、中国ならではの特殊事情が潜んでいる。それは北京とウルムチの間には「時差が存在しない」ことだ。ロシアや米国のような東西に長く、経度をいくつもまたぐ国には、当然ながら国内時差が存在する。しかし中国の場合、あれだけ広大な国土を有しながら、東はハルビンから西はカシュガルまで、一律で北京と同じ時を刻んでいるのである。まさに「時の中華思想」。そんなわけで、ウルムチの空港に到着した時、時計の針は19時30分を指していたものの、体感的には2時間以上遅い時間に感じられた。そうでなくとも、ウルムチの空港ロビーは異様なまでに照明が暗く、何やらとんでもない奥地に来ているという不安感は募るばかりである。

 それでもわれわれにとって(この時、空港内には数多くの同業者と日本サポーターがいた)、ウルムチはあくまでも今回の遠征の経由地でしかなかった。ところがボーディングタイム直前になって、事態は急変する。中国南方航空スタッフが「現地は現在降雪のため、この便はキャンセルとなりました」と、さながら機内食のメニューが変更になったかのような口ぶりでアナウンスしたものだから、その場は一瞬にして騒然となった。その後、ちょっとした押し問答はあったものの、相手は頑として「飛びません!」の一点張り。かくしてわれわれは、ウルムチというよく分からない街に留め置かれることと相成った。

ドゥシャンベの空港であわや入国拒否

ウルムチ市内の博物館を見学。多民族の融和を強調する展示に、この国の光と影を見る想いがする 【宇都宮徹壱】

 結局ウルムチには、20時間ほど滞在することになった。ただし、この街の印象は決して良いものではなかった。それもこれも、あてがわれたホテルがあまりにもお粗末だったことに尽きる。フロントで英語が通じない、朝食のバイキングがお粗末この上ない、室内のテレビがつかない、ネットがつながりにくい、スタッフの数が足りていないためサービスが行き届かない、などなど。

 そんな中、何とかネット情報をたぐりよせて、日本代表に関する情報を断片的にリサーチする。代表一向は無事に現地に到着したこと、試合会場のセントラルスタジアムは予想をはるかにこえてむごいピッチ状態であるらしいこと、現地の衛生状態が悪いためスタジアムでのシャワーが禁止となったこと、などなど。あちらも慣れない環境に、ずい分と苦労を強いられている様子である。

 幸い10日の夜は、ウルムチからドゥシャンベに向かう臨時便は無事に飛んでくれた。ちょうど羽田から那覇に向かうような感覚で、タジキスタンの首都に到着。ここで時計の針は、一気に3時間戻る。タラップを降りてシャトルバスに乗り、バスターミナルのような空港に到着。やっとタジキスタンに入国できる――と思ったのもつかの間。ここでも新たなアクシデントが待ち構えていた。入国審査の際、ビザのスタンプが「薄い」というよく分からない理由で、一時的に入国を拒否されてしまったのである。

 私のような憂き目にあった日本の同業者は、全部で5人。「まあ、何とかなるだろう」とは思いつつも、やはり気が気でない。しばらく別室で待たされ、再び入国審査に臨もうとすると、太った審査官の男が「ウルムチ、ヒュッ!」と言いながら、右手を斜め上に掲げて見せる。「お前ら、ウルムチに戻れ」という意味なのだろう。表情は笑っていたので、おそらく冗談のつもりだったのかもしれない。だが、艱難(かんなん)辛苦の末にここまでたどり着いたわれわれには、絶対に笑えない冗談だ。少なくとも私は、この男の顔を一生忘れることはないだろう。

 その後、何とか入国が認められたものの、とんでもない白タクに連れ回され、結局ホテルに到着したのは午前1時。キックオフの13時間前となってしまった。何とも慌ただしいことこの上ないが、それでも目的地に無事にたどり着いたことを、まずは素直に喜びたい。そしてタジキスタン戦に快勝し、W杯アジア3次予選突破を手繰り寄せることを、何よりも期待したいところだ。大丈夫、私たちの日本代表ならばきっと、やってくれるだろう。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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