ミルコ・クロコップが全てを語る=UFC137直前ロングインタビュー

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UFC137直前、ミルコ・クロコップが全てを語る 【t.SAKUMA】

 かつて一世を風靡した日本の総合格闘技団体「PRIDE」で中心的な役割を担ったミルコ・クロコップが、日本時間10月30日開催のUFC137でロイ・ネルソンと対戦する。今年で37歳、ヘビー級ファイターとして伝説的な存在となったミルコが、大会前のインタビューで、彼のすべてを包み隠さず語ってくれた。

「来年の6月、私が初めて格闘家として試合をしてから、ちょうど20年になる」と話し始めたミルコ。「あれはクロアチアのジュニアボクシング選手権だった」。
 輝かしい未来を信じて初めてリングに上がったヴィンコヴツィ(クロアチア東部の都市)出身の17歳のボクサー。それから約20年後、数々の名勝負を繰り広げ、レジェンドとなっても闘い続ける自分自身の姿を、当時の彼が想像できただろうか。
「初めてリングの上に立ったのは1992年だった」と記憶を辿るミルコ。「ただ、それまでにも長いことトレーニングをしていたんだ。9歳か10歳からだと思う、自宅の車庫で1人で鍛え始めた。毎日毎日、1日に2回トレーニングすることもあった。私の住んでいた村はとても小さかったから、通うクラブが無かったんだ。エキサイティングなものは皆無、空手すら習えない。だから古い車庫で1人、自分の可能性にワクワクしながら、呆れるくらいに強い意志でトレーニングに励んでいた」。

 ミルコには素質があった。類まれなる才能だ。彼はダイヤの原石であり、断固とした意志があった。アマチュアボクサーとして成功した後、キックボクシングを始めた彼は、あることに気がつく。「1995年だったと思うんだが、故郷から200マイル離れたザグレブ(クロアチアの首都)に試合に行った。無一文だったよ。そのとき、貧困から抜け出すには、闘うしかないと悟ったんだ。闘うことで、お金を稼ぐことができる。それは家族を救うことにもなる。当時は、お金を稼ぐことが闘う唯一の理由だった。そしてそれは私にとって大きなモチベーションになった。有名になりたいとは思っていなかった。ただ、お金が欲しかったんだ」

「本音を言うと、UFCで5敗もしていることが恥ずかしい」

2006年PRIDE無差別級GPで悲願の優勝、感動の涙を呼んだ 【t.SAKUMA】

 思惑通り、彼は闘うことでお金を稼ぐことに成功する。有名になり、伝説すら築いた。鮮烈なインパクトを関係者に与えたPRIDE無差別級GP2006での優勝。総合格闘技史上、最も恐れられたストライカー(打撃系ファイター)の1人として語り継がれるであろうミルコだが、しかしながら、UFCでは同様のパフォーマンスを見せられずにいる。ここまでのUFC戦績は4勝5敗、受け入れがたい結果だ。

「本音を言うと、UFCで5敗もしていることが恥ずかしい」とミルコは正直な気持ちを語ってくれた。
「負けた理由なんてどうだっていい。誰が気にするって言うんだ? 私はハードなトレーニングを積んだ。いつだってプロフェッショナルでいた。だが、いくつかの出来事が起こった。それが、私の立場からすれば、(敗戦の)言い訳になってしまった。6回も手術をしたんだ。ヒザの手術を4回、左足甲の手術を1回、鼻の手術を一回。ファンやUFCの関係者に、こんな言い訳を受け入れてもらおうという気はないが、UFCに参戦してから困難に見舞われ続けたし、それが影響を与えたことは事実だ」。

 近年思うような結果を残せていないミルコだが、UFCで対戦したファイターは揃って彼の功績をリスペクトしているし、ファンからは不動の忠誠心を得ている。このことについてはミルコ自身、「良い気分」と感じている。
「全く見覚えのない人が、家族に声をかけるみたいに私に話しかけてくるから、奇妙な気分になることはある。だが、ある意味で幸福を感じる瞬間でもある。まれに無礼な人はいるが、99%はとても良い人たちだし、彼らと同じ時間を共有できて嬉しく思う。ファンにとって特別な瞬間になっていると感じると、特に嬉しいね」

「引退を決断したとき、私の非常に大きな部分が、死んでしまうだろう」

ロイ・ネルソン戦へ向け、かつて戦ったパット・バリー(左)とスパーリングに明け暮れる日々 【Zuffa LLC via Getty Images】

 そう語ってくれたミルコだが、彼は極力、マスコミを避けてきたという印象がある。

「日本でやってた頃は、記者会見を拒否することができた。単純に嫌いだったからだ。あまりメディアに露出することが好きじゃない。なぜだろうな。多くの人がテレビに出てお金を稼ごうと夢見ていることは知っている。そして、それは私の義務でもある。私はUFCと契約した。だからプロモーションにも参加しないといけないのは理解できる。だが、もし私がそれを好んでやっているかといえば、イエスとは言いがたい。私が考えるに、有名になるということは、男の人生にトラブルしかもたらさない。個人的な意見だがね。一番良いのは、リッチになり、なおかつ誰もそれを知らないという状況だろう。アメリカのハリウッドスターやミュージシャンは、みんな不幸だと思う。周りは彼らを常に見張っているし、後を追いかけ続ける。パパラッチもいる。うっかりした発言をすることは許されないし、鼻の穴に指を突っ込むことすらできない。誰だってたまにすることなのにだ。いかんせん有名人は見張られている。そういったことが自分に起こって欲しいとは思ったことがない。私はいまの人生に幸せを感じている。2人の息子がいて、素晴らしい家族に囲まれている。一体誰がそれ以上のことを望むというのだ?」

 ミルコの意見はまっとうだ。ただ、ひとつの疑問がある。彼は37歳、すでに充分なお金を銀行に預けているだろうし、格闘技界に伝説も残した。それなのに、なぜ彼は毎日ジムに通い、パット・バリーとスパーを続けているのだろう(そう、UFC137に向けて、ミルコは過去に対戦したバリーとスパーリングパートナー契約を結んだのだ)。ファイターとしてやるべきことは、すでにやり尽くしたのではないだろうか?

 言葉にするのは難しいな、とミルコは言う。「血が騒ぐんだ。私はなにも知らないが、闘うことだけは知っている。今では、家族を守るためにお金が必要なわけでもなくなった。ただ、他になにをすればいいのかわからないんだ。ファイトが私を生かしてくれている。引退を決断したとき、私のある部分、非常に大きな部分が、死んでしまうだろう。その事実が、私を闘わせている」

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