名門パリ・サンジェルマンに異変あり=パストーレら宝石を買い集め、欧州の強豪を目指す
カタール王族の参入で、PSGの状況は一変
パストーレはその才能をいかんなく発揮し、攻撃の核として大活躍。PSG快進撃の原動力となっている 【写真:AP/アフロ】
欧州の強豪の一角に返り咲くことを目標に、新オーナーはまず、スポーツ・ディレクターの役職に、元ミランとインテルの監督で、何よりかつてミランのスカウト係として手腕を発揮したレオナルドを抜てき。監督としてはいまひとつでも、スカウトとしての鑑識眼と人脈では高い評判を誇る“レオ”は、参入するなり、移籍市場で精力的に動いた。
PSGは、ロリアンで並外れた得点力を見せていたケビン・ガメロ、ローマでの活躍でフランス代表にも呼ばれるようになったジェレミー・メネスら、若く将来性のある選手を次々と獲得した。ガメロを欲しがったのは現監督であるアトワーヌ・コンブアレだが、獲得活動で最も大きなヒットを飛ばしたのはレオナルドだった。ハビエル・パストーレ――イタリア・セリエAパレルモのライジングスターだった22歳のアルゼンチン人は、イタリアで2010−11シーズンの最優秀若手選手に選ばれた、将来を嘱望されるプレーメーカーである。
レオナルドはパストーレを4200万ユーロ強(当時約47億円)という、フランスリーグ史上最高の額で獲得する。獲得が決まった際に、このフランスでは無名の22歳にそんな大金の価値があるのか、という批判的な声が出たのも不思議ではなかった。しかし、これらの批判者たちも、いまやそろって前言を撤回していることだろう。手慣らしだったヨーロッパリーグでいきなりアシストを決めたパストーレは、リーグが進むにつれ極めて迅速に真価を発揮し始める。
PSGでトップ下を受け持つパストーレは、元来、ワンタッチで意図のあるパスを出し、周りの選手を生かすタイプのパサーだ。常に頭を上げ、周りの状況を電光石火の速さで認識すると、絶妙なパスを配給する。この並外れたビジョンだけでもフランスでは希少だが、その上、彼は必要とあらば自分でゴールを決める能力も持っている。得点が生まれず、このままでは引き分けるか負けるかという状況になると、思い立ったように粘ってドリブルで切り込み、ゴールを決めてしまうのだ。
その際たる例は、第5節のブレスト戦(1−0)だろう。ブレストといえば、いわゆる弱小クラブ。絶対に勝たねばならないこの試合でPSGの攻撃はかみ合わず、後半に入っても0−0のまま試合が進んでいた。ところが、このまま引き分けかという雰囲気になり始めた時に、DFに囲まれたメネスからペナルティーエリア内でボールを受けたパストーレは、さっと切り込むとすかさずシュート。判断と実行の速さで回りをあぜんとさせつつ、その一発で試合を決めてしまった。
第4節のトゥールーズ戦(1−3)ではアシストが2本、起点になること1回と、PSGが挙げた3得点すべての仕掛け人になった。それでもピッチ外では極めて慎ましく、はにかむような笑顔を記者たちに向けつつ、「こんなに早くチームになじめたことには驚いている」と言う。「自分が、自分が」というエゴの強い選手が多いPSGにおいて、謙虚でありながら違いを生む力を持つパストーレは、たちまちファンとメディアの崇拝の的になった。こうして、良い選手をそろえたPSGにおいても、パストーレが一段上の格を持つことは日に日に明らかになっていく。
奇跡の原動力、その名はパストーレ
加入したてだったパストーレは、この最初の2試合には出場していなかったのだが、PSGの初勝利は、パストーレのリーグアンデビューと時を同じくした。もっともこの第3節(バランシエンヌに2−1で勝利)での彼は、最後の30分をプレーしただけで、得点には絡んでいない。しかしそこで華奢(きゃしゃ)な22歳が垣間見せた才能が、前述の通り、フル出場した続く2試合での快進撃のスイッチを押すことになる。
それからのPSGは、対戦相手が強い時ほど底力を発揮している。1位でまい進していたモンペリエを3−0で下した第8節で、まずネネのクロスをガメロが決めたゴールの連係の起点になったパストーレは、続けて長いフィードをダイレクトで合わせ自ら2点目を奪取。最後はタッチライン近くから、信じられないような角度のシュートでゴールネットを揺らし、ショーを締めくくった。
これでリヨンと勝ち点で並ぶ1位となったPSGは、続く第9節でそのリヨンと対戦。拮抗(きっこう)した展開の中、膠着(こうちゃく)状態を破ったのは、今回もパストーレだった。左サイドからするすると上がった彼は、あれよあれよと言う間にペナルティーエリアに入り込み、GKロリスと左ゴールポスト間の非常に狭いスペースを抜く、目の覚めるようなゴールを決める。走りながらもバランスを失わず、この瞬間しかないというタイミングと、力みのないしなやかな足の振りで、針の穴を通すような正確なボールを放つ――パストーレという選手の才能に、パルク・デ・プランス(PSGの本拠地)を埋めた観客たちは酔いしれた。
この勝利でPSGは単独1位に浮上し、人々はいまや“パストーレ依存症”という言葉を使い始めている。元フランス代表で現解説者のクリストフ・デュガリーは「敵に向かって突っ込むのではなしに、肉体的接触を避ける形で移動しドリブルするという点で、パストーレはジダンをほうふつとさせる」と言う。“フラコ”(やせっぽち)とあだ名される華奢な彼だけに、おそらくそれは必然でもあるのだろう。いずれにせよ彼は、フィジカル頼みで「1対1に勝つ」を重視しすぎ、接触せずにボールを回すパス技術を忘れがちなフランスリーグの選手とは、一線を画しているのだ。
実際、彼は90分間奮闘している印象を与えるタイプではなく、試合の一部で存在感がないこともある。足も取りたてて速いわけでなく、ボールを失うことも少なからずあるのだが、ここぞというところで突然エンジンをかけ、100メートル走では絶対に負けるであろうDFをも抜き去ってしまうのだ。パレルモ時代のチームメートで、パストーレと共にPSGに加入したGKサルバトーレ・シリグは「パストーレが曲芸をやるのを見るとイライラする。彼はもっと具体的なやり方で技を使わなくては」と言うのだが、パリに来てからのプレーを見る限り、彼の技には、ほかの選手のそれよりもずっと、次のプレーにつながる方向性と、結果に直結する具体性が見える。そして何より予測がつきにくい。「優れた選手はある意味で奇妙だ。偉大な選手というのは、常にほかの者がやらないことをやるんだよ」とデュガリーは言う。
当初、「散財すればいいというものではない」という構えだった人々ですら、いまや「半端じゃない金を出せば、やはりチームは変わるのだ」と言っている。それも、良い選手を見極める目を持つ、レオナルドのような男がいるからこそなのだが。