名門パリ・サンジェルマンに異変あり=パストーレら宝石を買い集め、欧州の強豪を目指す

木村かや子

課題はエゴ管理と指揮官の手腕

レオナルド(右)は移籍終了間際にDFルガノ(左)を獲得。現在、PSGの守備はルガノの奮闘によって支えられている 【写真:PanoramiC/アフロ】

 今、フランスの人々は、PSGが欧州のビッグクラブに育つことを本気で期待し始めている。当座の目標はリーグ優勝だが、そのプロジェクトを実現していくために、現在足りないことは何であろうか。
 左ウイングにネネ、右にメネス、トップにガメロを配したPSGの攻撃陣は壮観だ。優れたスペース感覚を持つガメロはわずかなすきを見つけて入り込み、ゴールを奪う点取り屋。昨年アシストや得点でキーマンとなったネネに、スピーディーなドリブルで相手ディフェンスをかく乱するメネスが加われば、中堅には勝って当然であるように見える。しかしそう思惑通りにいっていなかった時、リールのリオ・マブーバら、他クラブの選手が指摘していたのが、「確かにいい選手がそろっているが、おのおのが自分の十八番を見せるためにプレーしているように見える」という点――つまりチームとしてプレーしきれていないというのだ。

 もっとも、周りの選手を使うタイプのパストーレが入ったことで、その点は日に日に改善されつつあるように見え、時間が経つにつれ、ガメロ、メネス、ネネ、パストーレの四重奏はすごみを増している。また、多くの新選手を獲得した際に、チームワークが機能し始めるのに時間がかかる、というのはよくあることだ。しかし連係のスムーズさうんぬんを超え、ネネが交代させられてむくれた、自分のドリブルで突破したいメネスがボールを持ちすぎチャンスをつぶす、といった指摘はいまだ消えていない。ニース戦でガメロがPKを獲得した際には、ネネがガメロの手からボールを奪ってPKを蹴り、昨季からあった「ネネのエゴイズム」の議論が蒸し返された。

 どんなに良い選手がいても、良いチームワークなしには頂点にはたどり着けない。もちろん、選手当人が自覚すべきことではあるのだが、これに関して一部の者に選手と同じくらい責任を問われているのが、コンブアレ監督なのである。フランス国内ではまずまずの評判を持つコンブアレだが、ローラン・ブラン(現フランス代表監督)やディディエ・デシャン(現マルセイユ監督)のように国際的な名選手だったわけではなく、監督としてもPSGが最大のクラブ。皆がチームのために奉仕するよう目を光らせ、我の強いスター選手たちを従わせるだけの威厳が、彼にはないと見る向きが多いのだ。

 シーズン前には、レオナルドの就任に伴い、監督の座にはかつてミランとチェルシーを率いたカルロ・アンチェロッティがやって来るとうわさされていたが、新幹部たちは結局コンブアレの続投を決めた。情報通の中には、「新幹部はコンブアレでは力不足とみなしていたが、昨年そこそこの成績を収めたコンブアレを理由なく切ってファンの反感を買うより、成績不振など、しかるべき理由が持ち上がった時に交代させる方が賢明と考えて、その機会を待っている」と言う者もいた。

 しかし、いまや「欧州レベルで成功を収めるにはコンブアレでは力不足では」といぶかり始めているPSGファンも少なくない。レオナルドの就任で、事実上、選手獲得に関する影響力を失った監督は、いわば肩身の狭い思いをしつつ、遅かれ早かれ終わりが来るはずの任務を続けている。良い選手をそろえているため、国内では今後も勝っていく可能性は高く、チームがトップ1、2につけている限り、シーズン中に監督の首は切りにくい。現在、フランスの新聞は苦境を乗り越えて結果を出しているコンブアレをたたえ始めてもいるが、優勝できなければ解任は必至という憶測は根強く残っている。

守備陣の強化は間に合わず

 次にピッチ上の問題はと言えば、豪華な攻撃陣に反し、守備陣がやや薄いことだ。フェネルバフチェの八百長疑惑につけこみ、移籍市場の終了間際にウルグアイ人センターバックのディエゴ・ルガノを獲得し、強化を図ったのだが、まだサイドバックが弱いと言われている。まず攻撃陣の補強から手をつけたレオナルドは、おそらく夏の短い期間に守備陣にまで手が回らなかったのだろう。しかし、最後の最後に守備陣の強化に奔走していることから見て、必要性は重々承知している様子である。

 移籍市場終了の数日前、レオナルドはパレルモ会長に、同クラブのイタリア代表サイドバック、フェデリコ・バルザレッティの譲渡を頼んだが、パレルモ側に代役を見つける時間がなかったため、話は流れた。しかし、この件はまだ生きており、PSGは冬の市場、遅くても来夏での獲得を狙っているらしい。実は、バルザレッティは今年6月、パリ・オペラ座の有名なプリマドンナ、エレオノラ・アッバニャートと結婚したばかり。2人は来年初頭予定の子供の誕生を待っており、出産後、アッバニャートは舞台復帰を意図している。つまり家族が一緒に暮らすためにはバルザレッティがパリに移住する必要性があるわけで、実際、本人はパリ行きを強く望んでいたという。これらの背景を見れば、バルザレッティ加入の可能性は極めて高い。

 現在PSGは既存の選手にルガノ、何より有能な新GKシリグを加えて持ちこたえている。パストーレとセットで獲得されたこの若きシリグは、パストーレより地味ではあるが、非常に貴重な獲得だった。聞くところによれば、最初パストーレの値段は3500万ユーロ(約37億円)、シリグの値段は1000〜1200万ユーロ(約10億円〜12億7000万円)だったという。しかし、パレルモがシリグを買った際の条件に、彼を売った場合、前クラブに何パーセントかを支払わねばならないという項目があったため、それを最小限にとどめる目的のため、このセット販売の中で、パストーレの値段を引き上げ、シリグの値段を下げることを希望。セット販売価格はしめて約4600万ユーロ(約49億円)だった。

 クーペが引退し、エデルが去った後、正GKになるという監督の約束を信じてレンヌから移ってきたニコラ・ドゥシェは最初、けがをした自分の代役として出場したシリグにポジションを奪われたことに文句を言った。しかし24歳のシリグは目覚ましいパフォーマンスを重ねて周囲を黙らせ、いまやシリグが正GKであることに異議を唱える者はいない。パレルモ時代にも、やはり故障した正GKロビーニョからポジションを奪い取った彼は、イタリア代表でもブッフォンの後継者と呼ばれている。

PSGにデイビッド・ベッカムが!?

 しかし無尽蔵の財力を手にしたPSGは、ここで足を止めるつもりはない。未来の獲得のうわさは尽きないが、極めつけはデイビッド・べッカム(ロサンゼルス・ギャラクシー)獲得の可能性である。最初聞いた時には、脚光を求めるカタール人オーナー特有の、売名行為かと思ったが、よくよく見てみると、必ずしもそれだけではない。というのも、PSGはかねてから「質は高いが量がない」と言われていたクラブ。そうそうたるイレブンを擁してはいるが、質の高い交代要員がおらず、そのため誰かが故障した時や、主力に疲労が出るシーズン後半に、がたっとレベルが落ちる傾向があるのだ。

 実際、まだ若いパストーレでさえ、3日おきのフル出場に早くも疲労を口にしている。特に欧州カップ戦での成功を目指すのであれば、質の高い代案は必須。スピーディーな攻撃を誇るPSGにベッカムがどう組み込まれるかは想像がつかないのだが、少なくとも彼の加入は、チームにプランBを与えるはずだ。

 そしてこれは、ベッカムにとっても悪い話ではない。彼が短期のミラン行きを繰り返し望んでいるのは、米メジャーリーグサッカーのレベルに物足りなさを感じているからだと想像する。かといって、いまや第一線ではないので、欧州トップクラブへの完全移籍は望めず、この年齢の選手に大金をはたけるクラブはそうない。ならば新たな成長期にある古豪、PSGで再び欧州のスポットライトを浴びるという図式は、本人にとっても魅力的であるはずだ。派手好きな妻にとっても、“花のパリ”は悪くない場所だろう。クラブはすでにベッカム一家のための豪華な住まいを見つけたといううわさが飛ぶ中、本人は「PSG加入というアイデアはエキサイティングだ。でも第一に家族のことを考えなきゃならないのでね」とまだ言葉を濁している。しかし、わたしの意見では、どう考えても来ない理由はない。

 幹部は当然ながら、ベッカム獲得によってクラブの名を世界に知らしめること、さらに海外へのテレビ放映権やグッズ販売など付加的な実りも計算している。昨夏、アジア市場開拓のために新生PSGが日本人選手を取りたがっていると言われていたが、ベッカムを獲得すれば、アジア市場での知名度アップの部分もカバーできると考えている様子。しかし、ベッカム加入の展望の中にあるのは良いことばかりではない。

 PSGのここまでの獲得は、パストーレも含めピッチ上での必要性に適合したものだった。しかし、このベッカム獲得だけはやや違う。前述のように、ベッカムが豪華な交代要員となってくれれば完ぺきなのだが、やはり彼に興味を持っていたトッテナムのハリー・レドナップ監督は、ベッカムが定期的なプレーを望んでいる点を難点に挙げていた。おそらく彼は、PSG幹部にレギュラーの座を約束されてやって来るはずで、現在きちんと収まっている布陣に無理やりベッカムを押し込もうとすると、システムにいくつかの不都合とアンバランスが生じる恐れがあるのだ。

 というわけで、頭痛の種は多少残ってはいるが、いまPSGは、間違いなく、欧州のビッグクラブという頂を目指し、オリンポスの山を登り始めた。フランスのクラブは欧州レベルで格が高くないがために、選手を生産しては奪われ、欧州の階段を少し上ってはまた落ちるという営みを繰り返してきた。マンチェスター・ユナイテッドやバルセロナが育てた良い選手をキープし、強さを維持できるのは、クラブにそれだけの威信があるからだろう。PSGはその威信をカタールの財力をもって、できるだけ短期間のうちに手に入れようと努めている。その最初のステップはリーグ優勝、最低でもチャンピオンズリーグ出場権を手に入れることだ。そしてそれは今、いつになく実現可能な夢に見える。

<了>

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。2022-23シーズンから2年はモナコ、スタッド・ランスの試合を毎週現地で取材している。

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