鈴木隆行、若きチームとともにJ1へ=水戸が見せつつある確かな変化
引退から一転、“茨城のために”下した決断
一度は引退も決意した鈴木が下した決断は「被災地茨城のために」という思い一心での水戸とのアマチュア契約だった 【写真は共同】
「隆行さんが入ってから、監督は『J1昇格』という言葉を使うようになりましたよね」。09年から水戸でプレーする元日本代表FWの吉原宏太は語る。
現在、水戸は20試合を終えて16位と低迷してはいるものの、「内容は本当によくなっている」と柱谷哲二監督は納得の表情を見せる。
「どのチーム相手にもポゼッションできているし、互角の戦いができている。これだけ早く選手が成長するとは思わなかった。隆行が加わってから、安定した戦いができるようになっているし、もう少し選手のクオリティーが上がれば、来年にはJ1昇格を狙えるチームになると思う」と指揮官は手ごたえを口にする。
今季の水戸は昨季まで主力だった大和田真史(栃木)、作田裕次(大分)らがチームを離れ、新たに10人以上の大卒ルーキーを加えた平均年齢23.9歳というフレッシュなチーム編成となった。それゆえ、柱谷監督は「3年かけてチームをJ1に昇格させる」というビジョンを掲げ、3年計画の1年目となる今季は若手を徹底的に鍛えて、さらに攻撃的なパスサッカーを浸透させることをテーマにスタートを切った。
リーグ序盤から水戸はアグレッシブな攻撃サッカーを繰り広げた。ボランチのプロ2年目の村田翔を中心にリズミカルなパスワークで攻撃を組み立て、両サイドから厚みのある攻撃を繰り出した。開幕戦では昨季までJ1で戦っていた京都サンガを撃破。さらに東日本大震災による中断明けに行われた第8節の徳島ヴォルティス戦でも、鮮やかな逆転勝ちを収めた。
しかし、その後は苦しい試合が続く。チームの目指すポゼッションサッカーでチャンスは作るものの、決定力不足に泣き、勝ち点を落とす試合が相次いだ。岡本達也、常盤聡、遠藤敬佑といった20代前半のストライカーは、豊富な運動量を生かして前線で流れを築きながらもゴール前で強さを見せることができず、チームは次第に下位に沈んでいった。某サッカー専門誌の統計によると、チームが築いた決定機の数はリーグ上位だが、得点数ではリーグ下位に名を連ねている。
不安の中のスタート
しかし、加入後、鈴木にとっては不安との戦いとなった。
元日本代表選手がJ2でプレーするということで、周囲からは救世主として多大な期待をかけられる。しかし、一度は引退を決意した身。心身ともに一度緩めたものを、再び引き締めるのは簡単なことではない。しかも、35歳という年齢である。どこまで戦える体になるかは未知数であった。
鈴木は当時、胸の内をこう語っていた。
「はっきり言って、どこまでコンディションが戻るか分かりません。今までこういう経験をしたことがないので、不安はありますよ。自分のベストのレベルまで必ず戻るなんて言えないですね。でも、やると決めたんですから、やらないといけないんです。不安はあるけど、そんなことは言っていられない。目の前のことに必死に取り組んでいく。それだけですよ。ベストに戻るかもしれないし、まったくダメかもしれない。結果に関して、あまり考えすぎていたらやれないと思います」
チーム合流後、通常メニューとは別に個人用の特別メニューが課せられ、鈴木は練習後に1人でフィジカルトレーニングに取り組んだ。しかし、なかなかフィジカルが上がらず、プレーの感覚も取り戻せなかった。さらに鈴木を苦しめたのが、右ひざの状態だ。以前に右ひざを手術した際にはめられたボルトが、骨と当たって痛むことがあるという。そのためプレー中に走れなくなり、その場で痛みが引くまで屈伸するというシーンがしばしば見られた。「コンディションはまだまだですね」と練習後、口癖のように語っていた鈴木。“かつて”の姿には戻れないのではないか、という不安に襲われる日々を過ごした。