鈴木隆行、若きチームとともにJ1へ=水戸が見せつつある確かな変化

佐藤拓也

全盛期を彷彿とさせる強さを披露

鈴木(左)の高さと強さ、経験が融合してチームの成熟度が増した水戸は、「J1昇格」を目指す 【写真:アフロスポーツ】

 だが、やはり鈴木はただ者ではなかった。
 登録上、試合出場が可能となる7月16日の第21節コンサドーレ札幌戦の3日前に行われた栃木県国体選抜との練習試合で、日本代表時代に外国人選手とフィジカルで対等に渡り合った“戦う男”の姿を取り戻していたのだ。いざ実戦となると、鈴木のプレーはまばゆいばかりの輝きを放った。試合開始からアマチュア相手でも関係なく、ピッチの外に音が聞こえるほど激しいボディコンタクトを繰り返し、相手を圧倒するフィジカルの強さを見せた。

 圧巻だったのは後半、ゴールに向かってドリブルを仕掛けたシーンだ。遅れを取った相手DFは必死に鈴木に食らいつき、後方から強く鈴木の体を引っ張った。鈴木は何とか踏ん張ろうと相手を引きずりながらドリブルを続けたが、ユニホームを引っ張る相手の力に負けてバランスを崩してしまう。しかし、すぐに持ち直した鈴木は倒れた相手DFを置き去りにドリブルを開始し、ゴール前に侵入していこうとした。無情にも主審の笛が鳴り、相手DFのファウルを取られてしまったが、「強さの次元が違う」と秋葉忠宏コーチをうならせるほどのパワー溢れる“らしい”プレーを披露したのだ。

 そして、満を持しての先発デビュー戦となった第23節の愛媛FC戦、鈴木は当初の不安を吹き飛ばす圧倒的な存在感を示してみせた。「以前戦った時とイメージは変わらない」と愛媛のDF池田昇平が驚いたように、全盛期を彷彿(ほうふつ)とさせる激しいボディコンタクトとボールキープ力、さらに空中戦での強さを生かして攻撃を引っ張った。
 アキレス腱断裂から約10カ月ぶりに復帰した吉原の存在もあり、この日の水戸はそれまで見たことのないような迫力に満ちた攻撃を繰り出した。鈴木と吉原の“元代表2トップ”が愛媛DFを振り回し、ディフェンスラインを下げさせたことによって水戸が中盤を支配。そして、怒とうの攻撃を仕掛けた水戸が49分、55分と立て続けにゴールを決め、試合を優位に進めた。

 勝負を決定づける3点目を決めたのは鈴木であった。68分、左サイドからのフリーキックをうまく頭で合わせてゴールに突き刺した。歓喜に沸くケーズデンキスタジアム水戸。「茨城に元気を与えたい」という思いで水戸に来た男は、早くもスタジアムを笑顔でいっぱいにしたのである。「緊張もあったし、プレッシャーもあった。僕にとっては大きなゴール」。鈴木は安堵(あんど)の表情を見せた。

チームとともに新たなるステップへ

 それは、水戸の次なるステップへの幕開けでもあった。若い選手たちが築き上げてきたポゼッションサッカーのベースに、鈴木の高さと強さ、経験が融合し、チームの成熟度は増した。愛媛戦の翌節となった8月7日の横浜FC戦は0−1の敗戦、8月14日に行われた第24節の徳島戦では鈴木が豪快なフリーキックをたたき込んだものの、1−1のドローに終わり、勝利を逃した。

 しかし、いずれも「内容には満足している」と柱谷監督が語るように、勝っていてもおかしくない試合であった。相手が強豪だろうと、コンスタントに自分たちの力を発揮することができるようになっている。それは水戸にとって大きな成長なのである。
「若いチームに鈴木のパワーと落ち着きが加わって、ゲームの安定感が増している。それはすごい進歩だと思いますよ」と柱谷監督は自信に満ちた表情を見せる。鈴木が加わり、水戸の可能性は大きく広がった。柱谷監督が「J1昇格」を頻繁に口にするようになったのも、確固たる自信があるからなのだろう。3年目ではなく、柱谷監督は来季のJ1昇格を本気で視野に入れるようになったのだ。

「目標はJ1昇格。そうじゃないと、やっていて面白くないでしょう」
 鈴木は真剣な目でそう語る。

 現在の16位という順位に加え、リーグ最小規模の予算で運営している水戸が「J1昇格」を掲げることに対して、一笑に付されても仕方がないだろう。しかし、サッカーは何が起こるか分からないということを、これまで鈴木はプレーで体現してきた。02年のワールドカップ・日韓大会グループリーグ初戦のベルギー戦、ロングボールを最後まで追い続けた鈴木が目いっぱい体を伸ばして触ったボールがゴールに吸い込まれていったシーンが、すべてを物語っている。最後まであきらめない気持ちが奇跡を起こすということを、鈴木は知っている。

 水戸で奇跡を起こすことができるか。4試合で2ゴールを決めている鈴木。これから、もうひと花咲かせそうな予感が漂っている。

<了>

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著者プロフィール

1977年7月30日生まれ。横浜市出身。青山学院大学卒業後、一般企業に就職するも、1年で退社。ライターを目指すために日本ジャーナリスト専門学校に入学。卒業後に横浜FCのオフィシャルライターとして活動を始め、2004年秋にサッカー専門新聞『EL GOLAZO』創刊に携わり、フリーライターとなる。現在は『EL GOLAZO』『J’s GOAL』で水戸ホーリーホックの担当ライターとして活動。2012年から有料webサイト『デイリーホーリーホック』のメインライターを務める。

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