ジーターの出現は「ベースボールの喜び」=史上28人目の3000本安打達成

杉浦大介

すべてが完ぺきでまるで映画のような試合

地元で3000本安打を達成し、ファンの歓声に応えるジーター 【Getty Images】

 7月9日(現地時間、以下同)、時刻はちょうど午後2時――。デレク・ジーターが放った打球は、美しい放物線を描き、満員のファンが待つヤンキー・スタジアムのレフトスタンドに消えて行った。
「こんな出来過ぎのシナリオは自分でも買わない(信じない)だろうね」
 試合後、苦笑いで「完ぺきな午後」を振リ返ったジーターのそんなセリフが、何よりもこの日のパフォーマンスのすごさを表していたかもしれない。

 通算3000本安打にあと2本まで迫って迎えたレイズ戦。相手先発投手のデービッド・プライスから初回にまずレフト前ヒットを打って記録にリーチをかけると、3回の第2打席で本塁打を放ってあっさりと大記録に到達した。
 史上28人目となる3000本安打をホームランで飾ったのは、ウェイド・ボッグスに次いでメジャー史上2人目。特にジーターの場合、ヤンキー・スタジアムでは昨年6月12日以降1年以上もサク越え本塁打がなかったにも関わらず(昨年7月22日にランニング本塁打は放っている)、メモリアルの一本は文句なしの一発で飾ってみせた。
 ジョー・ジラルディ監督は「彼は演出の仕方を知っているね」と目を丸くしていたが、スタジアムの誰もが同じ気持ちだったろう。

 球界全体から尊敬を受ける“キャプテン”のために、記録達成直後は同僚、ファン、そしてレイズの選手たちまでが総立ち。ゲーム途中の祝祭は4分間も終わらず、ジーターはスタンディングオベーションを浴び続けた。
 さらに驚異的なことに、物語はこれだけでは終わらなかった。ジーターはその後もヒットを放ち続け、なんとこの日は5打数5安打。同点で迎えた8回裏には、決勝点を生み出すタイムリーまで放ってみせた。
 ジーターの大活躍でヤンキースは5−4で勝利。すべてが完ぺきで、鳥肌が立つようなドラマだった。快晴のニューヨークで、ジーターはまるでハリウッド映画のようなストーリーの主役を演じてみせたのである。

地元は異様な熱気 「強烈な重圧を感じていた」

“ニューヨークの象徴”と言っても良いスーパースターが、マイルストーン到達寸前まで迫って迎えたこの週末。3000本安打を放つ選手を生むのはヤンキースのフランチャイズ史上でも初めてとあって、7日からのレイズとの4連戦は異様な熱気を帯びた。
『Stub Hub』のようなブローカーサイトで取り扱われるチケット料金も、普段の倍以上に高騰。8日のゲームが雨で中止になり、その試合がダブルヘッダーとして翌日に組み込まれなかった際には(レイズ側の要望で9月開催になった)、大記録達成を目撃したいファンの間に少なからず波紋を呼び起こしさえした。

「『プレッシャーなんてない』とここ何週間もずっとみんなにうそをつき続けていた。だけど実際は『地元で打たなければいけない』という強烈な重圧を感じていた。金曜日のゲームが中止になったときは、これであと2試合しかないのかと思ったよ」

 プレーオフに匹敵するような喧噪(けんそう)の日々を振り返り、9日の試合後にジーターはそう告白している。普段は自身のことについて話すのを徹底的に避ける男が、珍しく見せた素のままの姿だった。
 とは言っても、記録を達成した9日のゲーム中のジーターは、はた目には普段と同じに見えた。第1、第2打席ともにカウントは3ボール2ストライクまで粘り、どちらの打席でもジーターらしく相手投手に8球投げさせた末の連続安打。いわゆる「ビンテージ・ジーター」とでも呼びたくなる見事な集中力だった。
 これほど注目されたゲームで、ばく大なプレッシャーを抱えながら、それでも普段通りのプレーが出来てしまう。何より、そういった部分こそがこの選手の最大の強みなのだろう。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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