復調のイチローに、“赤鬼”マニエル監督「やられたよ」=マリナーズが強豪フィリーズに勝ち越し

木本大志

マニエル監督率いるフィリーズとの対戦

不振から脱出したイチローがフィリーズ戦で活躍。シリーズ勝ち越しに貢献した 【Getty Images】

 シリーズ初戦の試合前、フィリーズのダッグアウトにいると、「コンニチハ」と2008年までマリナーズにいたラウル・イバネスが日本人メディアに話しかけて来た。
 まだ、日本語を忘れていないんだね、と返せば、イバネスは「ギリギリ」と応じ、たまたま近くにいたチャーリー・マニエル監督に視線を向けると、「彼もまだ、日本語を覚えているよ。ときどき、『オネガイシマス』って言われるんだ」と頬を緩めた。

 翌日、マニエル監督にその話をすると、ガハハハハと豪快に笑いながら言う。

「そうなんだよ! 英語では言えない話を2人でするんだ。周りは理解できないからね」
 その会話がどこまで成立しているのか分からないが、マニエル監督は昔を懐かしむように、遠い目をした。

「日本で最後にプレーしたのはもう30年も前のことだけど、ちっともそんなに時間がたったとは思えないなあ」

 彼の気持ちの中では、そうなのかもしれない。もう67歳とはいえ、指揮を執っているときの表情は、日本の現役時代、赤鬼とあだ名されたそのままの雰囲気。彼の野球に対する姿勢に変わりはない。

 しかし、その30年前、まだ小学生だったイチローが今、目の前にいる。確実に時代は変わった。

本来の調子を取り戻したイチローが活躍

 この3連戦、不振、不振と騒がれていたそのマリナーズのリードオフマンは、彼の目にどう映ったのか? 
 3連戦が終わってから監督室の扉をノックし、「サヨウナラ」とあいさつしながら、「眠っていたイチローが完全に起きたようですね」と声をかければ、「誰だ! 衰えたなんて言っていたのは」と笑みを返し、「やられたよ」とため息を漏らした。

 やられた――。その意味の解釈はさほど難しくない。負けた2試合では、イチローにかき回された印象がある。

「イチローを塁に出すとこういうことになる」

 それを逆から見れば、つまり、イチローにしてみれば、自分の野球ができたと言えるのかもしれない。
 初戦は、3回にセカンド内野安打で出塁すると、ブレンダン・ライアンの三塁打で先制のホームを踏み、2点リードの5回は、ライト前ヒットで出塁して三塁まで進んだ後、セカンドのファウルフライでタッチアップに成功している。
 さらに、1点を返されたあとの7回は、三塁線を破った後、ライアンのタイムリーで生還し、駄目を押した。

 そしてこの日の3戦目――。イチローは6回、ライアン・ハワードの前で大きく跳ねるというやや幸運なヒットを放つと、2死後、ジャスティン・スモークのタイムリーで先制のホームを踏んだのである。

 まだバットが湿っていたときイチローは、「(自分が普段通りなら)もうちょっといいチームになれる。というか、勝てるチームだね」と話していたが、彼が普段通りとなり、彼の言葉通り勝ちもついてきた。

 フィリーズに勝った意味も小さくない。
 シーズン前、片やワールドシリーズに最も近いと言われ、片や100敗すると言われていたのである。平幕の力士が横綱とがっぷり四つに組んで、寄り切ったのだ。
 イチローも言う。

「大きいと思いますよ」

 何かのバロメーターになるのか、という質問には、「それは、監督に聞いてください」と話したが、チームがリーグトップクラスの戦力を持つチームとも互角に戦えることを証明――いや、選手らがそんな自信を持ったことは確かだろう。

クリフ・リー「イチローもイチローじゃないか」

 最終戦が終わって、昨年7月までチームにいたクリフ・リーと話す機会があった。

 彼の目には、今のマリナーズがどう映るのか? 違いを問えば、彼は「小さなことがきっちりできるようになった印象を受ける」と言った。
 それは、ディフェンスの安定感や、ワンチャンスをきっちりとものにできるようになったこの日の試合のようなことを言っているよう。そして、「イチローもイチローじゃないか」と苦笑した。
 リーは、5月から6月頭にかけての不振も耳にしていたようだが、目の前にいたイチローは、彼がチームメートだったときのイチローと変わらなかったようである。

 さて、6月10日に休養してから、イチローは11日からの8試合で34打数16安打(打率4割7分1厘)。9得点に加え、4二塁打、1三塁打、4盗塁。

「He is still good! He is still good(彼はまだまだ素晴らしい)」

 赤鬼は、そう言いながら親指を立てた。

<了>
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