羽生結弦が16歳にして持つ武器=フィギュアスケート・四大陸選手権

青嶋ひろの

課題は体力の向上

表彰台で言葉を交わす羽生と、大会金メダルの高橋大輔 【写真:AP/アフロ】

 もちろん課題も少なくない。ショートプログラムよりも2分近く長いフリーでは、体力不足という弱点が顕著に出てしまった。4回転やアクセルは成功させたものの、ルッツなどいくつかのジャンプでミス。プログラム表現の面でも、ショートプログラムほど一分のすきも見せない演技、というわけにはいかなかった。疲れてスピードが落ちれば、彼独特の世界に観客を引き込みきることはできないし、振付けをこなすのに必死な表情を見せれば、彼がまだ16歳だということを思い出させてしまう。
「このきついフリープログラムを、シーズン最後には滑りきれるようにしたかったのに、今回も……。これまで何度も言ってきたことですが、もっと上に行くための課題は、やっぱり体力ですね。今年のオフシーズンは、走りこみ、滑りこみを、もっとしっかりしないといけないです」

10代の選手には珍しい、安定した精神力

 ジャンプが跳べて、体の柔らかさを生かした表現ができる。試合に向かっていく負けん気もあれば、シニア1年目から結果を出してしまう勝負運もある。そんな羽生結弦のさらに大きな武器は、自分というスケーターをよく知っていること、バランスのとれた安定した精神力を持っていることだろう。
 10代の選手たちは、どんな天才であっても、見ていてとても危なっかしい。シニアに上がりたてのころの高橋大輔の不安定ぶりは懐かしい語り草だし、トリノ五輪前後の安藤美姫(トヨタ自動車)もずいぶんアップダウンが激しかった。ここ数年の浅田真央(中京大)がたくさんの人をやきもきさせたことも、ご存じのとおり。才能に恵まれたアスリートといえど、10代の心は、国際舞台にたったひとりで立ち向うにはまだまだもろすぎるのだ。

 しかし羽生結弦は16歳にして、見ていてすでに安心感がないだろうか。「強くなりたい!」、その意思をしっかり持ち、そのために自分が何をすべきか、どう生きていくべきかをしっかり考え、行動に移すことができる。
 たとえば彼の表現は、高橋大輔のように半ば天性のもの、とは違う。ごくふつうの日本の男の子と同じく、踊ることには照れがあるし、自分を目いっぱい前に出せる大胆さはないけれど、勝つためにはそれが必要だと知り、きちんと身につけようとしてきた。その結果、彼は“表現技術”を手に入れた。試合後、報道陣を前にしても、「高校1年生でこれだけ話せるとは」と大人たちがうなるほど、いつもしっかりした言葉をはく。
 きっと羽生結弦は、精神的にも技術的にも大きく崩れることなく、五輪まで確実な歩みを見せてくれるだろう――これほど見ていて不安を感じない日本人選手も、珍しくはないだろうか。

日本男子のさらなる黄金時代へ

 ここ数年、高橋大輔の後を追いかけるように、織田信成(関大)、小塚崇彦……さらに多くの男子選手たちが大きく躍進した。同じように今、羽生結弦の背中を見つめながら、高校生の田中刑事(岡山理大付高)、日野龍樹、木原龍一(ともに中京大中京高)、少し下から中学生の宇野昌磨(グランプリ東海ク)らが、メキメキと実力をつけ始めている。そんななかでの羽生結弦、四大陸選手権2位――この記念すべき出来事も、彼らにとって大きな刺激となるだろう。羽生結弦を核として、たくさんの10代の選手たちがひとつの黄金世代を築きながら、競いあいながら育っていくのだ。
 3月、世界選手権に出場する3人のオリンピアン、さらに無良崇人(中京大)、町田樹(関大)ら20代たち。そして羽生を中心とした10代たち。彼らが真っ向からぶつかり、見たこともない激しい火花を散らせる日本男子のさらなる黄金時代が、幕を開けようとしている――高橋と羽生が並んで立つ2011年四大陸選手権の表彰台を、そんな思いでうれしく眺めた。

<了>

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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