村上佳菜子が世界に与えた衝撃=日本女子フィギュア界に誕生したニュースター

青嶋ひろの

世界のジャッジから高く評価

豊かな表情としぐさで観衆を魅了するのが村上の演技の特長だ 【写真:Atsushi Tomura/アフロスポーツ】

 得点を見ても、特にプログラム構成点で7点台が3つ(スケート技術7.07、演技力7.04、振付け7.04)も出るという高評価。NHK杯では高くとも6.75(スケート技術)止まりだったのが、一戦を経て一気に評価を上げており、プログラム構成点総合得点も55.43。これは中国杯での鈴木明子(56.13)、安藤美姫(55.60)に迫るもので、シニア1年目の選手にいきなり出るような得点ではない。

 いかに世界のジャッジが村上を高く評価し、期待しているかがよく分かるだろう。3月の世界ジュニアの時点でも「あなたの国のカナコはなんて素敵なスケーターなの! エレガントでビューティフル、わたしはもう大ファンだわ」と、欧米の記者やジャッジにたたえられ、自分がほめられたようないい気分になったものだが、シニアの舞台ではさらにこの評価が確定的になったわけだ。
 まだ若い日本の女子選手が、ジャンプではなく芸術面でここまでの評価を受けることは本当に珍しく、うれしい。ジャッジがここまで評価しているからには、あとは試合で安定感ある演技を積み重ねていけば、トップスケーターの地位を得ることは、難しいことではないだろう。

新しいフィギュアスケートを

 順風満帆に見える村上のシニア1年目。しかしこれでソチ五輪に向け、順調な歩みが約束されたわけではないのが女子シングル、特に日本選手の厳しいところだ。
 今シーズン、村上の上には、浅田、安藤、鈴木の五輪代表組が現役に残っており、この一角を崩さなければ、来年3月、東京で開催される世界選手権に出場できない。五輪組には、村上が持っていない高難度ジャンプを武器にする選手もいるし、かつ、時間はかかりつつも少しずつ完成していった、パフォーマーとしての強いパワーを併せ持つ選手もいる。デビューしたての16歳にやすやすと崩せる牙城(がじょう)ではないのだ。

 さらにソチ五輪までの数年間を展望すれば、村上よりさらに若い世代から、今年ジュニアGPファイナルに進んだ庄司理紗(西武東伏見FSC)をはじめとした「跳べて踊れる選手」たちが、まだ続々と出てくる。来年、再来年には村上並みの鮮烈なシニアデビューを飾る選手が必ず現れるだろうし、ソチ五輪の年には上の世代と下の世代に挟まれ、今以上の激戦の中で五輪代表権を争わなければならない。

 現在、ジャンプの面でそれほど飛び抜けた武器を持たない村上に、また16歳にしてすでに自分のパフォーマンスを完成させたかに見える彼女に、この激戦を戦って行くことは簡単ではない――そんな声も、すでに上がっているのである。
 もちろん村上には、試合でのメダル、大きなタイトル獲得というアスリートとしての大活躍も期待したい。でも、もしそれがかなわなかったとしても、チャンピオンになれなかったとしても……、彼女にはもうひとつ、別の使命があるのではないか、と思う。それは、今ちょうど、男子シングルで高橋大輔(関大大学院)が成し遂げようとしていること。フィギュアスケートというジャンルを、スポーツとしてだけでなく、パフォーミングアートとして、ひとつ上のステージに高める、新しいフィギュアスケートを作る、そんな使命だ。
 より複雑な感情を、より深く、より新しく、スポーツの枠を飛び越え、誰も届かないようなレベルでの表現を、氷の上で。彼女ならば完成できるのではないか……、そんな期待があるから、フィギュアスケートを愛するジャッジは、村上に惜しみなく点数を与えているのだと思う。
 だからこれからの彼女を応援するにあたって、ぜひふたつのことに注目していきたい。もちろんひとつは、選手としてどこまでの結果を残せるか。そしてもうひとつは、結果や順位を離れたところで、村上佳菜子がいったいどんなスケートを見せてくれるか、だ。

<了>

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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