村上佳菜子が世界に与えた衝撃=日本女子フィギュア界に誕生したニュースター

青嶋ひろの

スケートアメリカ優勝で注目度が急上昇

スケートアメリカ女子シングルで逆転優勝しGPファイナル進出を決めた村上佳菜子 【Getty Images】

「村上佳菜子って、どんな子ですか?」
そんなことをいったい何人に尋ねられただろうか。

 優勝のインパクトはこれほど大きいのか、スケートアメリカ終了後(15日)の村上(中京大中京高)の注目度はうなぎのぼりである。NHK杯3位の時点では、これほどではなかったはずだが、浅田真央(中京大)が不調の中、アフター五輪イヤーにさっそくニュースターが現れたこと。さらに、デビューしたばかりの彼女が日本女子勢一番乗りで、グランプリ(GP)ファイナル進出を決めてしまったことで、ちょっとした騒ぎになっている。

 もちろん優勝、GPファイナル進出という結果だけが人目を引いたわけではないだろう。スケートアメリカでの演技を見た人ならば、「これは!」と思う手応え、浅田、安藤美姫(トヨタ自動車)、鈴木明子(邦和スポーツランド)らとはまた違うスター性を感じ、目を離せないスケーターがまた一人増えたことをうれしく思ったに違いない。

 このオフシーズン、村上に答えてもらったアンケートに、ひとつ面白いものがあったので紹介したい。問いは「フィギュアスケート、あなたの好きなようにルールを変えてもいいぞ、と言われたら、どんなふうに変えますか?」
「ショートプログラムは、ジャンプ2つまでにして、たくさん踊りまくり!!」
「フリープログラムは、ジャンプを5つまでにして、たくさん踊りまくり!!」
 村上のスケートの特長を、よく表した答えだ。

 スケートアメリカでは、参加選手中ただ一人、ショートプログラムとフリーで3回転−3回転を成功させたものの、その種類はいちばん難度の低いトウループ−トウループ。現在、フリップ−トウループの3回転−3回転も練習中とのことだが、キム・ヨナの跳ぶルッツ−トウループ、安藤美姫のルッツ−ループのような超大技を、安定して跳べるわけではない。ジャンプのレベルだけ見れば世界トップクラスとはまだ言えず、4回転やトリプルアクセルをジュニアのころから成功させていた安藤や浅田のように、本当に小さなころから大注目、という選手ではなかったのだ。

 むしろ数年前までは、「真央や美姫まではいかないけれど有望な選手たち」が同世代に10数人いて、この中から誰が伸びてくるかと話題になっていた、その一群の一人だったのである。実際、ジュニアに上がる直前の全日本ノービスAでの成績は、小学6年生時の2006年に7位、翌07年には5位。たった2学年しか参加しない狭いカテゴリーの大会で、表彰台にさえ立てていないのである。

人を楽しませるための「技術」

村上の演技は、はじけるような今の村上の良さを目いっぱい見せようというプログラムになっている 【Getty Images】

「佳菜ちゃん、いけるかも?」と思わせる活躍を始めたのは、つい2シーズン前のことだ。ジュニアデビューの年にジュニアのGPファイナル進出を決めた08年。そしてその期待を確固としたものにしたのは、2度目のファイナル出場で優勝し、続く世界ジュニアでも優勝、ジュニア2冠を達成した昨シーズンのことである。
 そんな選手が、1年目からいきなりGPファイナル進出という、安藤、浅田に並ぶシニアデビューを果たしたのだから、正直、驚いている。

 実際、16歳現在でのジャンプ技術だけを比べれば、同時期の安藤や荒川静香といった天才たちに、村上は遠く及ばない。しかし、彼女たちがその後何年もかかってやっと得たものを、すでに彼女は持っている、ということもできる。それは、「たくさん踊りまくり!!」、その喜びであり、その姿を人に見せることの喜び。そして人を楽しませるための「技術」である。
 今シーズン、ショートプログラムに用意したのは、ショーナンバーかと見まがう軽快なナンバー「ジャンピン・ジャック」。これは、「シニアのお姉さんたちは、みんなきれいなプログラムやカッコいいプログラムを滑る。でもその中で一人、楽しい音楽でカナはカナらしいところを見せちゃいなさい」という山田満知子コーチの立てた作戦だ。
 シニアに上がりたての選手は、どうしても「ジュニアイッシュ」、子どもっぽさが残ると評価され、ジャンプをいくら跳んでもプログラム構成点で低く抑えられてしまう傾向がある。そこを逆手にとって、「ジュニアイッシュ」と言われてもいいから、はじけるような今の村上の良さを目いっぱい見せようというプログラムだ。

 一方で、フリープログラムの「マスク・オブ・ゾロ」。こちらは本人に言わせれば「正義のヒーローになり切る、カッコいいプログラム」。ちょっと「シニアのお姉さんたち」の領域に踏み込んだもの、でもしっとりとしたスローナンバーではなく、「カナの得意な、本人の踊りやすい曲調」(振付けの樋口美穂子コーチ談)とのことだ。

 特にスケートアメリカでは、「ジャンピン・ジャック」の素晴らしい完成度に息をのむ人が多かっただろう。ルーキーならではの力強さ、抜群のスピード感をベースに、ここまでやるかというほどの凝った振付けでアピールし、観客は手拍子も歓声も惜しみなく送ってしまう。「かわいらしさ」もここまで徹底的にやれば、すごみさえ生まれるのだ。しかも村上は、素のままのかわいらしさというよりも、笑顔で、しぐさで、完ぺきに「新人のフレッシュなかわいらしさ」を演じ切っているのである。これはもう、持って生まれたアピール力に加え、高い「表現技術」を身に付けている、と言っていい。
 しかし最後のジャンプミス、ダブルアクセルがシングルになってしまったときには、「やっちゃった!」という素の照れ笑いを見せて、これもプログラムのコンセプト「ジュニアらしさ」にかえって彩りを添えていたよう。「若々しいね、かわいいね」を越え、「やるな、佳菜子!」と感心するばかりのショートプログラムだった。

 一方の「かっこよい大人っぽい踊り」を表現する予定のフリー。しかし課題だった3回転トウループ−3回転トウループを成功させた瞬間の「跳べた!」という笑顔はごくナチュラルだったし、NHK杯で大失敗したフリーということで、大きな緊張感はショートではまったく感じられないものだった。とにかくひとつでもミスを少なく終えたい気持ちで、何度か必死の表情も見せていたし、ステップでは大人っぽさよりも溌剌(はつらつ)さや勢いの良さで魅了した。
 コーチたちのもくろみとは反対に、自信も余裕もあり、完成形に近付いていたショートプログラムの方で手ごわさを感じ、むしろフリーでジュニアらしい一生懸命な演技を見たせのがおもしろい。しかしどちらのプログラムでも、「村上佳菜子とはどんなスケーターか」を、存分に世界にアピールする演技。優勝という結果だけでなく、「佳菜子をまた見たい!」と、日本で、世界で、多くの人の心をつかんだ一戦だっただろう。

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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