フットボールの悪役
チェコ人のウイファルシは特に凶暴なDFというわけではない。もちろん彼も完全な選手ではないし、完全な人間でもない。チェコの新聞が娼婦たちに囲まれた写真を掲載して以来はパーフェクトというイメージは持ちにくい選手ではある。仲間とともに彼が写っていたことよりも、その時期が問題だった。ワールドカップ(W杯)・南アフリカ大会予選でスロバキアに敗れた数時間後の出来事だったのだ。ウイファルシはスキャンダルが大きくなる前に、自ら代表引退を発表している。
メッシへのタックルで退場処分となった24時間後、ウイファルシは謝罪することにした。「非常に申し訳なかった。公に謝罪したい。ただ、意図的でなかったんだ」と、ウイファルシは記者会見で語った。「可能な限りボールに触れようとしたが、ご存じの通りメッシは非常に速かったので、タックルが足首に入ってしまった」。
ところが、ウイファルシが謝罪会見を開くまでの24時間、彼には世界中から非難が集中していた。ダビド・ビジャは「懲罰委員会が判断するだろうが、映像を確認すれば処分に値するのは明らかだ。タックルは無謀であり、ウイファルシもそれを認めるはずで、重い処分が妥当だ」と述べている。数人のジャーナリストは、昨年9月にもウイファルシがメッシに対して同様のタックルを仕掛けていることを指摘し、グアルディオラ監督はこの機をとらえてレフェリー批判を展開した。
「テレビの映像を見れば何が起きたかは明らかだ。レフェリーの保護が必要なのはクリスティアーノ・ロナウドだけではない」
C・ロナウド云々(うんぬん)は、モリーニョ監督が「C・ロナウドには保護が必要だ」と話していたことに関連させたものだ。
各方面からの一斉攻撃は、本物の悪党ではないウイファルシにとって耐え難いものだったに違いない。たった1日で、ウイファルシはフットボールの悪党の仲間入りになってしまったが、彼の前任者たちはこんなものではなかった。暴力を好み、嫌われることに快感を覚え、毎週憎まれ口をたたき続けた“偉大な先輩たち”がいる。
フランスで悪人と言えばハラルド・シューマッハーである。1982年W杯スペイン大会の準決勝でフランスのパトリック・バチストンの首を折ったドイツのGKだ。当時フランスのキャプテンだったミッシェル・プラティニは、シューマッハーのヒップアタックによって昏倒したバチストンを見て死んだ思ったそうだ。鼓動がなく、顔面が蒼白(そうはく)だったからだ。シャーマッハーはその後の対応からも嫌われ者ナンバーワンになっている。バチストンの歯が3本折れていたことを聞いたシューマッハーは「全部折れていたら入れ歯を買ってあげたのに」と話したからだ。
28年経っても、彼はフランスでは相変わらず嫌われている。87年に出版された自伝によると、彼がバチストンの様子を見に行かなかったのは、フランスの選手たちがバチストンを囲み、自分に向かって脅迫的なジェスチャーをしていたからだと書いているが、そんなことはもちろん誰も信じていない。
永遠の悪人としては、アンドニ・ゴイコエチェアも名高い。雑誌が史上最もひどいプレーヤートップ10を選出する際、必ず上位に名を連ね、時には第1位ということもあるスペイン人である。何をしたかと言えば、ウイファルシがメッシにしたのと同じことだ。ディエゴ・マラドーナを骨折させた男としてゴイコエチェアは世界的に有名になった。マラドーナは「木が折れるような音がした」と当時を振り返り、「彼は自分が何をしているのか知っていた」と語っている。ゴイコエチェアはこの一件からブッチャー(肉屋)のニックネームがつけられた。
また、彼はベルント・シュスターのひざも破壊し、シュスターは完全には回復できなかった。シューマッハー同様に、ゴイコエチェアも謝っていない。それどころか、ゴイコエチェアは自宅のガラスケースの中に“マラドーナの足首を折ったスパイク”をまるでトロフィーのように飾っている。
こうした人々に比べれば、ウイファルシはまだ悪党とは呼べないはずだ。謝罪なし、会見なし、コメントなし、時には現役時代の悪党ぶりを引退後に生かしている者もいる。ウィンブルドンの“クレイジー・ギャング”ことビニー・ジョーンズがそうだ。退場12回、開始3秒でイエローカードという記録保持者である。
92年には『サッカーのハードな男たち』というビデオのプレゼンターで登場している。このビデオはジョーンズ自身も含むハードメンたちの記録であり、ファウルの名場面集だ。ジョーンズはそこでファウルのやり方をレクチャーしている。現役時代の悪名のおかげで、ビニー・ジョーンズは映画の世界でも活躍中だ。フットボールだけでなく、映画も悪役が必要だからだ。
<了>
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