【注目施設探訪 第1弾(前編)】“いい投球フォーム”とは何か? 帝京大学スポーツ医科学センターの動作解析で必ず示される、5つのポイント

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昨今、専門家による動作解析やパフォーマンスアップにつながる指導を受けられる施設が全国に増えている。スポーツ科学やテクノロジーが目覚ましく進化するなか、データと感覚を適切に結びつけるアプローチの重要性がより増していると言えるだろう。

本連載では、国内外の注目の施設についてレポートしていきたい。


※前後編記事の前編

小学生からプロまで実施する「動作解析」

2018年、東京都八王子市に開設された帝京大学スポーツ医科学センター内にあるMPI Tokyoは、「テクノロジーを用いたバイオメカニクス的分析を利用して動作を理解したうえでトレーニングを実施し、安全な動作を獲得させることで復帰支援や傷害予防を達成すること」を目的とした施設だ。

野球では主にピッチングの向上を目指す小学生からプロ野球選手までがやって来て、それぞの目的に合わせて専門家がアドバイスを送っている。

同センターで講師を務める大川靖晃氏が説明する。

「まずは、現状を知りたくていらっしゃる方が多いですね。もちろん、アドバイスが欲しい方には伝えます。
一方、僕がフィードバックすることで『こことここがポイントということなので、こういうドリルをやればいいですね』と持ち帰っていく指導者の方もいます。どういう伝え方をするかはご要望に合わせて行っています」

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動きのスピードを即時に数値化

近年、「動作解析」という言葉はよく聞かれるようになったが、具体的にどんなことができるのだろうか。大川氏が語る。

「例えば、スマホのカメラで撮影するのと何が違うのか。うちのハイスピードカメラでは小数点以下の秒数まで計測しているので、肘を曲げたときの動きやスピードもわかります。
うちでは8台のハイスピードカメラで撮影し、ソフトウェアとつなげて分析、すべて自動でグラフ化、数値化されます。そこが一番大きな違いだと思います」

MPI Tokyoでは、動作解析をマーカーレスの3次元解析で実施する。一般的に「マーカーをつけて行うほうが精度は高い」とも言われるが、マーカーレスも精度が向上していると大川氏は言う。

「マーカーレスでは精度が若干落ちますが、ユニフォームや普通の服のまま投げられるので、マーカーを貼る手間がありません。1球投げてもらって録画し、自動解析するソフトに素材を入れれば、1試技で5分かからないくらいで分析が全部終わってデータ化されます」

数字と感覚を理解して説明

施設としての特徴は、マウンドからホームベースまでの18.44mがしっかり取られており、広い空間で投げられることだ。さらに人工的なマウンドではなく、土のマウンドで投げられるから実戦に近い環境で計測できる。

ソフトという意味合いでは、動作解析を主に担当する大川氏のバックボーンに特徴がある。アメリカの大学に留学経験を持つ同氏は英語で論文や資料を読み、各種セミナーを受講してきた。ドライブラインベースボールなどの資格を取得し、そうした知見も踏まえてフィードバックしている。

「動作解析では3次元のデータが出てくるなか、バイオメカニクスの世界で『こういう数字を見たほうがいい』というものを僕はわかっています。出てきたデータから、例えば『ここの部分が平均より遅い』などという点ですね。そこまでは数値を知っていれば誰でもわかると思いますが、そこから先が他の施設とは違うところです。
僕の場合、『なぜこの部分のスピードが出ていないか』について、野球の動作から『おそらくここがこうなっているから、こういう原因があるのでは』とアドバイスすることができます」

大川氏は選手経験を持ち、アスレティックトレーナーの資格も有している。さらに現在は帝京大学硬式野球部をトレーナーとしてサポートし、「日常的に学生と話しているので、こうやって説明すれば伝わるというベースがあるのも大きい」と言う。

「バイアスに左右されないことも大事ですが、動作解析ではどうしても数字で言い切ってしまいがちです。でも特にプロの選手くらいになると、その人が持っている感覚もあると思います。
だから初めて接する人には話をしていきながら、『この人が言っている感覚は数字にするとこういうことだろう』と理解していき、うまく説明できるように意識しています」

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投球フォーム改造の“根拠”に

動作解析の方法は、小学生からプロ選手まで変わらない。まずはウォーミングアップをし、実際にマウンドから投げて、大川氏が各種の数値を見ながらフィードバックする。

動作解析を通じて見極めるのは、“いい投球フォーム”で投げられているかだ。

「一番見ているのは、下半身でつくったエネルギーを上半身にうまく伝えられているか。個人の特徴で『この部分はこうなってもいい』というところもあれば、『いいピッチャーは絶対に共通して同じようになっている』という動きもあります。そこを外さないにようにしているのが“いい投球フォーム”だと思います」

具体的には、下記の数値は全投手に必ず見せている。


・重心の移動スピード
・骨盤の回転のスピード
・上半身の回転のスピード
・肘が伸びるスピード
・肩の内旋のスピード


上記に関し、さまざまな研究や団体が「これくらいのスピードが出ているといい」という数値を発表している。出所元によって若干の違いはあるが、大川氏はそれらを総合的に見て、「だいたいこれくらい」というラインを出し、それに到達しているかどうかをフィードバックしている。
例えば、「骨盤の回転スピードが平均より遅いから、もっと速くできるといい」などと客観的にアドバイスするのだ。

動作解析を踏まえ、投球フォームを改造しようと背中を押される投手も少なくない。昨秋にMPI Tokyoを訪れた、埼玉西武ライオンズの本田圭佑はその一人だ。

「いい人の数値と自分の数字を比較できて、自分はこのままではダメだと感じました。データを出してもらったことで、投球フォームを変えようという決意が固くなりました」

“いい投球フォーム”のポイントを計測

ピッチングという行為を長らく突き詰めているプロの投手に限らず、なんとなく動作解析に興味を持っている小中学生にも得られるものは多いと大川氏は話す。

「チェックできる一つが、ケガをするような投げ方をしていないか。例えば小学校高学年だとして、『今の投げ方でこのまま投げていったとき、もう少し体が大きくなって出力が強くなれば負担が大きくなる』というように言えます。小中学生の場合、動作解析を通じてパフォーマンスを上げるというより、ケガの予防のほうが大きいですね」

故障予防はもちろん、パフォーマンスアップのためにも“いい投球フォーム”の習得は重要だ。その上で「重心の移動スピード」がポイントの一つになる。大川氏が説明する。

「前足を上げて、ホームベース方向に進んでいくときのスピードです。『体重』と『スピード』で最初のエネルギーは決まりますが、体重は人によっては一気に変えようがない。となると、スピードがどれくらい出ているか。重心の移動スピードは、球速がどれくらい出るかに関わってきます。
それは目で見たり、スマホで動画を撮影したりしてもなかなかわかりません。速度は、動作解析でわかる特徴の一つです」

大川氏も言うように、投球動作で重要なのは下半身で生み出したエネルギーをいかに上半身に伝えていけるかだ。最初の重心移動のスピードが遅く、大きなエネルギーを生み出せていなければ、いくら腕を振っても出せる球速には限界がある。

球が遅いという課題を持つピッチャーがいたとして、どこに原因があるのか。動作解析を行うことで、そうした点の改善にもつながっていくわけだ。


(文・中島大輔)
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著者プロフィール

「Homebase」は、全日本野球協会(BFJ)唯一の公認メディアとして、アマチュア野球に携わる選手・指導者・審判員に焦点を当て、スポーツ科学や野球科学の最新トレンド、進化し続けるスポーツテックの動向、導入事例などを包括的に網羅。独自の取材を通じて各領域で活躍するトップランナーや知識豊富な専門家の声をお届けし、「野球界のアップデート」をタイムリーに提供していきます。さらに、未来の野球を形成する情報発信基地として、野球コミュニティに最新の知見と洞察を提供していきます。

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