ベスト8への執着=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月29日@プレトリア)

宇都宮徹壱

青を身につけて「ひとつになろうよ!」

「日本の応援に駆け付けた」というヨハネスブルク出身の若者たち。南アには意外と「日本おたく」がいる 【宇都宮徹壱】

 大会19日目。この日6月29日は、日本代表にとってまさに「新たな歴史を作る日」である。すでにインターネットでは「日本を青く染めろ!」というキャンペーンが拡散中であった。ウルトラスニッポンのツイッターから引用すると「Tシャツ、Yシャツ、靴、ハンカチ、ネクタイ、パンツ、青いものなら何でもいいので身につけ」「南アだけじゃなく、日本、世界中でひとつになろうよ!」というのが主旨である。

 以前の日記で私は、カメルーン戦の勝因のひとつとして「チームがひとつになった」ことを指摘した。「ひとつになろうよ!」という共感の意識は、今や日本中で、そして世界各国に暮らす日本人の間にまで拡散しつつある。何という素晴らしいムーブメントであろうか。今ごろ日本の学校や職場で、青いシャツや青いスカート姿で溢れていることを想像するのは楽しい。と同時に、こうしたオフ・ザ・ピッチの部分で、日本がまた一歩、世界に近づいたことを、私はとてもうれしく思う。この日は私も、青いシャツを着て、試合会場のロフタス・バースフェルド・スタジアムに向かうことにしよう(もっとも、フリースとダウンに隠れてしまうので、あまり意味はないかもしれないが)。

 この日の対戦相手であるパラグアイとは過去6回戦っており、日本の1勝3分け2敗という記録が残っている。だが、国内での親善試合を多く含んだ数字は、ほんの気休めにしかならない。今大会のイタリアが不調だったとはいえ、グループFを1位抜けした実力はやはり侮れまい。ゴール数は、1位抜けした8チームの中で最小の「3」。決して攻撃的なチームとは言い難いが、接戦に強く、戦い方を知っているチームであると言えよう。岡田武史監督は、パラグアイの特徴として「伝統的な全員での守備の強さ、前線からのプレッシャーの強さ、ロングボールのこぼれ球を拾ってからの展開」などを挙げた上で、日本としては「守備からの素早い攻撃」を警戒すべきであることを明らかにした。

 とはいえ、FIFA(国際サッカー連盟)での順位はさほど変わらないし(パラグアイ31位、日本45位)、何より日本には世界的にもトップクラスとも言える、スカウティング技術がある。おそらく、相手の弱点を抽出した上で、指揮官は「これしかない」という戦術でパラグアイに挑んでくることだろう。果たして岡田監督は、そしてピッチに並ぶ日本の11人は、どんなサッカーを表現してくれるのだろうか――。

合わせ鏡のような日本とパラグアイ

両チームともビッグチャンスは少なく、ゲームは長くこう着が続いた 【Photo:YUTAKA/アフロスポーツ】

 パラグアイ対日本の結果については、すでにほとんどの方がご存じであろう。試合は、両者スコアレスのまま、延長戦を含む120分間でも決着がつかず、とうとう今大会初となるPK戦に突入。パラグアイが5人全員成功したのに対し、日本は1人が外してしまい、その時点で「勝負あり」となってしまった。ルール上では、PK戦とはあくまで次のラウンド進出を決めるための便宜的措置であり、実質的には「引き分け」としてカウントされる。よって日本は、決して「負けて大会を去るわけではない」ことは、あらためて強調しておくべきだろう。そう、今大会の日本は「敗戦」ではなく「終戦」によって帰国する。それが過去のどの大会とも、大きく異なる点である。

 この日の120分の死闘をもって、19日間にわたる日本のW杯における冒険が終了した、という事実は変わらない。そればかりではない。およそ2年半にわたる第2次岡田政権と、前任のイビチャ・オシム監督時代から続いた4年にわたる「日本サッカーの日本化」という壮大なプロジェクトもまた、この瞬間にフィナーレを迎えることとなったのである。そのすべての試合を取材してきたひとりとして、今はただ、深い感慨を覚えずにはいられない。いずれにせよ、このパラグアイ戦をもって、ひとつの時代が終わり、日本代表は新たな時代を迎えることとなるのである。

 もっとも、この日のゲームを客観的に見るならば、どうひいき目に見ても「凡戦以外の何物でもない」という事実もまた、十分に認識しておく必要があるだろう。はっきり言って、当事者以外の人間がこのゲームを見たなら、間違いなく「しまった!」と思ってしまうくらい、実に退屈なゲームであった。このゲームのマッチナンバーは「55」だが、少なくとも私が見たゲームの中では1、2を争う凡戦であったことは間違いないだろう。それだけこの日のゲームからは、得点のにおいが感じられず、両者の仕掛けもまた実に保守的かつ単調極まりないものであった。

 ではなぜ、そういうスペクタクルのかけらもない試合になってしまったのか。その理由は、日本とパラグアイが、アジアと南米という異なる出自ながら、実のところ非常に「似た者同士」であったことに起因している。すなわち、共に堅守速攻型のスタイルであり、どちらもベスト16よりも上に進出した経験を持たず、それゆえに慎重な試合運びを選択せざるを得ないという、奇妙なまでに類似したバックグラウンドを抱えていた。それゆえ両者は、ごくまれにため息が出るようなビッグチャンスをつかむももの、それ以外の時間帯は、さながら鏡に向かってジャンケンするかのような試合内容に終始していた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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