「チームの力」が日本の原動力=パラリンピック総括

宮崎恵理
 大会最終日となった21日、クロスカントリースキーの新種目、男子1キロスプリント立位が行われ、日本選手団主将の新田佳浩(日立システム)が、10キロクラシカル立位に続き今大会2個目となる金メダルを獲得。さらに、太田渉子(日立システム)も女子の1キロスプリントクラシカル立位で銀メダルを獲得し、日本は金3、銀3、銅5の計11個のメダルを数え、トリノ大会の9個を上回る健闘ぶりを発揮した。

トリノ大会を上回る成果

新田は2位に大差をつけて悲願の金メダルを獲得した 【ディナモスポーツ/望月公雄】

 バンクーバーパラリンピックを一言で表すなら、「チームワークの勝利」だ。今大会初出場となった車いすカーリングは、日本選手権5連覇した「信州チェアカーリング」が中心メンバー。最高齢となる75歳のアスリート、比田井隆をはじめとして個性豊かなメンバーが集うチームで初めてのパラリンピックに挑戦し、イタリア、スイス、スウェーデンから3勝をもぎとった。

 クロスカントリースキーチームには、選手8名に対して、監督、コーチほか5名のワックススタッフ、トレーナーなど14名ものスタッフが帯同する。
 最終日に行われた1キロスプリントは、タイムレースの予選を行い、上位8名が準決勝に進出する。準決勝では4名が一斉にスタートし上位2名が決勝へ進む。観客が見ている前でゴールに滑り込む着順によって勝負が決まるスプリントは、クロスカントリースキー種目の中でもひときわスペクタクルなレースである。

クロスカントリー男子10キロクラシカル立位で新田佳浩が金メダルを獲得 【ディナモスポーツ/望月公雄】

「前日の天気予報とは違う雨の中、ワックススタッフが予選、準決勝、決勝とすべてのレースの合間に毎回最適の状態にしてくれました。昨年のワールドカップでこのコースを走った時に、平地で海外勢に遅れをとったことを考慮して、とくに決勝では登りのグリップをやや犠牲にしても、下りや平地でよりスピードが出るように仕上げてもらったんです」

 一方で、選手は決勝までに計3レースを闘わなくてはいけない。体力と精神力、そして、時間とともに刻々と変化する気象条件や雪面状況に対応するスキーワックスが、大きく勝敗に影響するのだ。

 新田は力強い登りでは誰にも負けない自信がある。そこに、賭けた。スタートから猛ダッシュをかけ最初の登りで2位以下を引き離すと、そのままの勢いを保ったままゴールに滑り込んだ。
「チームの作戦勝ちでした」

 新田や太田が所属する日立システムアンドサービスは、所属選手だけでなくジャパンチームに対しても選手強化を全面的に支援する。射撃練習やオリンピック選手を指導するトレーナーによる筋力トレーニング、メンタルトレーニングに至るまで、プロジェクトとも言うべき体制を構築。そうして臨んだバンクーバーで、トリノ大会を上回る成果を挙げたのだった。

情報共有と技術の切磋琢磨

スーパー大回転男子座位で狩野亮が日本勢で今大会2個目となる金メダルを獲得。森井大輝も3位に入った。滑降男子座位で狩野は銅、森井は銀メダルを獲得しており、2日続けての表彰台となった 【ディナモスポーツ/望月公雄】

 4年前のトリノ大会では、アルペンの男子チェアスキーで獲得したメダルは、森井大輝(富士通)が大回転で得た銀メダル1個のみ。今大会、スーパー大回転での狩野亮(マルハン)の金メダルを筆頭に、同種目での森井の銅、滑降での森井の銀、狩野の銅、そして大回転での鈴木猛史(駿河台大)の銅メダルと5個のメダルを獲得。わずか4年でここまで男子チェアスキーが急成長を遂げてきたのは、森井を中心とするチーム内の情報共有と技術の切磋琢磨(せっさたくま)がベースになっている。

男子大回転の1本目を終えコースを見上げる選手たち 【ディナモスポーツ/望月公雄】

 狩野が森井のタイムを上回って優勝が決まった瞬間に、森井の目から大粒の涙があふれた。
「小さなミスがあったものの、自分としては納得できる滑りでした。だけど、僕は最大のライバルであるドイツのマーティン(・ブラクセンターラー)を倒すことができなかった。それを、亮が実力でヤツをやっつけてくれた。本当に嬉しい。チームみんなで速くなってきたことが、これで証明できました」
 と、後輩を讃えた。

「回転なら猛史のテクニック、滑降やスーパー大回転といった高速系種目なら亮のライン取り、そういうふうにそれぞれの得意分野をみんなで共有することで、チーム全員がオールラウンドにレベルアップしてきた」
 森井を軸にしたこの結束力こそ、大幅メダル獲得数アップの要因なのである。

中北監督の首から下がった15個のメダル

堂々の銀メダルを獲得、笑顔を見せる日本代表メンバーとスタッフ 【Photo:吉村もと】

 そうして、今大会、チームワークの勝利を象徴したのが、アイススレッジホッケーの銀メダルだ。カナダ・バンクーバーの高校にアイスホッケー留学しNCAA(米国大学リーグ)でも活躍した経験をもつ中北浩仁氏が2002年に監督に就任してから、徹底的に北米型のアイスホッケーを仕込んできた。
 ソルトレイクシティー大会で優勝した米国のスタイルを真似ることで日本が強くなると、選手の尻をたたき続けて臨んだトリノ大会では、まさかの予選敗退。同じ目標を目指しているつもりが、選手一人一人の心のベクトルが実際にはバラバラだったのだ。大会終了後、チーム崩壊の危機までささやかれたが、再び選手が集まってきた。
「やっぱり、アイススレッジホッケーがしたい。パラリンピックでメダルを取りたい!」

IPCフラッグが、(左から)バンクーバー市長のジョージ・ロバーソン氏、ウイスラー市長のケン・メラメド氏、国際パラリンピック委員会のフィリップ・クレイバン会長と渡り、最後に次回開催のソチ市長アナトリー・パホモフ氏に渡された 【ディナモスポーツ/望月公雄】

 テクニックや戦術は北米型で間違いない。でも、その前に選手の自主性を尊重しよう。そんな中北監督の新たなさい配が、確実に選手の“勝ちたい”ベクトルを束ねた。「予選を通過することなんか、目標じゃない。目指すは金メダルだ」と誰もが口を揃えて臨んだ今大会。アイスホッケーの聖地カナダで、準決勝で対戦したカナダを降し決勝戦へ。そうして迎えたゴールドメダルマッチで米国と対戦し0−2で敗れたが、悲願のメダルに手が届いた。

 選手はメダルセレモニーの後、ロッカールームに戻ると中北監督の首に一人ずつメダルをかけた。中北監督の首から下がった15個のメダルは、チーム力の結晶だ。輪になって叫ぶ「ニッポン、ニッポン、ニッポン!」のかけ声がこだまする。銀メダルは、金メダルに向かう新たな出発点。立場も年齢もさまざまなジャパンチームの選手たちが、それでも心を一つにして、次なる目標を目指す。

 今大会、全日程の取材を通じて何度も耳にした「チームの力」。それは、バンクーバーパラリンピックにおける、日本の活躍の原動力なのである。
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著者プロフィール

東京生まれ。マリンスポーツ専門誌を発行する出版社で、ウインドサーフィン専門誌の編集部勤務を経て、フリーランスライターに。雑誌・書籍などの編集・執筆にたずさわる。得意分野はバレーボール(インドア、ビーチとも)、スキー(特にフリースタイル系)、フィットネス、健康関連。また、パラリンピックなどの障害者スポーツでも取材活動中。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。

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