鹿島、5連敗を乗り越えた王者の処世術=3連覇を可能にした真の強さ

田中滋

悪循環に陥る中、紅白戦に変化

JリーグMVPにも輝いた小笠原。中田とのダブルボランチで安定感をもたらした 【写真は共同】

 鹿島のディフェンスはオズワルド・オリヴェイラ監督就任以降、相手にボールを奪われると最前線のFWから素早くボールにアタックして、高い位置で奪い取る切り替えの鋭さを武器にしてきた。意識の高さと運動量を必要とされるやり方だが、先制点を奪えばゲームをコントロールするすべにも長けているため、うまく試合を終わらせることができていた。
 しかし、夏場に入ると連動性の高かったプレスのタイミングが遅くなり、逆サイドまでパスを回されてしまう回数が増えるようになる。相手を走らせるつもりが、逆に自分たちが走り回ることになってしまうという悪循環に陥っていた。

 今季、鹿島を取材していて忘れられない光景がある。10月15日の木曜日に行われた紅白戦で、主力組は控え組の前に手も足も出なかったのだ。それまで見た紅白戦の中で、最も内容が悪かった。
 練習終了後、オリヴェイラ監督はグラウンドに全員を座らせ選手たちの奮起を促した。断片的に聞こえてくる声は「ハートを持って戦え」「声を出して助け合え」「走ることから始めろ」「下を向いてどうする」と強い口調だった。しかし、話が終わった途端、すくっと立ち上がり三々五々に帰っていく選手たちからは、監督と同じような熱を感じることはなかった。選手たちがグラウンドから去った後、オリヴェイラ監督と鈴木満強化部長は、かなり長い時間をかけて話し合っていた。

 そして、翌日に変化が見られる。本来なら試合前日の練習はセットプレーの確認で終わるはずが、この日も紅白戦を実施。先発から本山が外れ、2列目は野沢と小笠原、そしてボランチは青木と中田浩二が組んでいたのである。17日のジュビロ磐田戦では、圧倒的に攻められはしたものの無失点に抑えることができた。攻撃陣は渋い表情の選手が多かったものの、守備陣からは「ゼロに抑えられたことは大きい」という声が伊野波雅彦や岩政のセンターバック陣から聞かれ、その言葉通り、この後は最終節まで連勝を続け、3連覇の階段を駆け上がっていくのである。

小笠原・中田の新ボランチコンビで復活

 磐田戦では青木・中田のコンビだったボランチも、その次のジェフ千葉戦ではさらに組み合わせが変わり、小笠原・中田となった。このコンビに変更してからは全勝、さらに失点もG大阪に喫した1点のみ。中田がセンターバックの前にどっしり構えることで、小笠原がすぐにボールに寄せていくプレスを敢行しても守備バランスは崩れることがなくなり、それに伴って小笠原、本山、野沢の3人が少しずつゴールに近づいてプレーできるようになったのである。
「青木が飛び出る部分をミツ(小笠原)が出るようになって、浩二が残るようになった」
 本山は中田が入ることで変わった部分を、そう説明してくれた。

 苦しい時期を乗り越え優勝した後、小笠原は「戻るところがあった」と、ジタバタしなかったことがタイトル獲得につながったと話した。しかし、それは単純に元通りになったことを意味しない。
 運動量が上がらない中で、どうすれば自分たちのサッカーを取り戻すことができるのか、自分たちの特長を生かすことでそのサッカーを取り戻すことができるのか、耐えに耐えて考えぬいた賜物(たまもの)と言えるだろう。

 ただ、昨季も青木が前、中後雅喜(千葉)が後ろという形で、小笠原がけがで抜けた穴を埋めて乗り切っている。1人1人個性の強い選手たちが、それぞれにチームのことを考え、自分の特長を最大限に引き出そうとしているからこそ、5連敗を乗り越えただけでなく3連覇という前人未踏の記録が可能になったのだ。

<了>

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著者プロフィール

1975年5月14日、東京生まれ。上智大学文学部哲学科を卒業。現在、『J'sGOAL』、『EL GOLAZO』で鹿島アントラーズ担当記者として取材活動を行う。著書に『世界一に迫った日』など。

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