気が付けば、余裕がない日本=日々是最終予選2008−09(メルボルン編)

宇都宮徹壱

「アジア化」するオーストラリア

メルボルンの移民博物館にて。移民と差別に関する教育については、ことのほか熱心である 【宇都宮徹壱】

 メルボルン滞在2日目。今日は夕方の練習まで時間があったので、イミグレーション・ミュージアム、すなわち移民博物館をのぞいてみることにした。この博物館では、19世紀初めの英国人の入植から現代に至るまでのオーストラリア移民の歴史が、さまざまな展示品や資料、そしてビデオ映像などで紹介されている。内容は地味ながら、移民国家オーストラリアの“自画像”を知る上では、なかなかに興味深い展示内容となっていた。

「19世紀後半、当時のオーストラリアは中国人労働者の移住を厳しく制限していました。中国人をはじめとする非白人は、人種的な差別を受けていたのです」
 ちょうど地元の小学生が見学に訪れていたようで、10歳くらいとおぼしき子供たちが先生の説明に熱心に耳を傾けている。先生が何度も「レイシズム(人種差別主義)」という言葉を繰り返していたので、聞いているこちらは妙にドキドキしてしまった。国としての歴史がさほど長くないオーストラリアだが、それだけに移民と差別に関する教育については、ことのほか熱心であることが図らずも理解できた。

 国家としてのオーストラリアの礎(いしずえ)を築いたのは、イングランド人、スコットランド人、そしてアイルランド人といった大英帝国の人々である。そして第2次世界大戦後、オーストラリアは国防のための兵員確保、そして経済発展のための労働力確保という観点から大胆な移民政策を敢行し、イタリア、ギリシャ、旧ユーゴスラビアをはじめ、ヨーロッパの広い地域から移民を受け入れた。現在のオーストラリア代表の面々にも、この時期の移民の子孫が数多く含まれているのは周知の通り。だが「ヨーロッパ系以外の移民は認められない」とする白豪主義はその後も生き続け、ようやくアジア系など有色人種の移民を受け入れるようになったのは、1970年代も半ばのことであった。

 その後、旧宗主国である英国の国際的影響力の低下と、日本をはじめとする東アジアの驚異的な経済発展が重なり、オーストラリアは一転「アジア化」を目指すことで国家の生き残りの道を見いだすようになる。この「アジア化」という言葉は、そのままサッカーの世界でも見事に当てはまるだろう。アジア系の移民が増えたとはいえ、いまだに人口の9割近くをヨーロッパ系が占めるオーストラリアがAFC(アジアサッカー連盟)転籍へと動いたのは「このまま南太平洋の中で取り残されたくない」という危機感が大きく作用していたからだ。かくして、2006年のAFC転籍から3年。オーストラリアは着実に「アジアの強豪」としての地位を固め、日本は最終予選でのグループの雌雄を決すべく、この地に乗り込むことと相成ったのである。

プレー可能なメンバーは18名?

練習会場のオリンピック・パークにて。6月は日が短く、午後6時になると夕闇に包まれる 【宇都宮徹壱】

 日本代表はこの日もメルボルン・オリンピック・パークにて全面公開の練習を行った。キャプテンの中澤佑二は3日続けて不在。これで2日後の試合は、中澤抜きで臨むことがほぼ決まったといえるだろう。これ以上の戦線離脱は、何としても避けたいところ。岡田武史監督は、この日の全体練習を1時間弱で切り上げ「風邪をひかないようにな!」と選手たちに声をかけていた。
 その指揮官、本番に向けたスタメンについては、すでに「固まっている」と語っていた。そこで今日の練習内容から、ピッチに立つ11人を類推してみることにしたい。

 この日は攻撃陣と守備陣に分かれた練習が行われ、守備陣に関してはアウトラインが見えてきた。1本目の守備練習での並びは、右から内田篤人、田中マルクス闘莉王、山口智、長友佑都。そして守備的MFに今野泰幸と橋本英郎。2本目では、橋本が阿部勇樹に、山口が槙野智章に替わったが、あくまでこれはオプション。3人の守備的MFのうち、ベンチに残るのはおそらく阿部だろう。ただし、これは決してネガティブな見方ではない。確かに、先のカタール戦では消極的なプレーが目立ってしまった阿部だが、守備的MF、センターバック、そして左サイドバック、いずれのポジションでも平均点以上のポテンシャルが期待できる逸材であることは間違いない。メンバーが限られている現状を考えるなら、むしろベンチに残しておくべきであろう。

 問題は攻撃陣である。ワントップにせよツートップにせよ、確実に右MFを任せられそうな人材が見当たらない。キリンカップ以降、このポジションはファーストチョイスが中村俊輔、そしてオプション以上の存在として本田圭佑が台頭しつつあった。ウズベキスタン戦、そしてカタール戦で消耗が著しかった中村俊を休ませるのは理解できるとして、岡田監督はなぜ本田までも手放してしまったのだろう。強豪オーストラリアとの一戦こそ、本田の真価を問うのにふさわしい機会だったのではないか。いずれにせよ現状では、右に岡崎慎司、左に松井大輔、トップ下に中村憲剛、そしてワントップに玉田圭司、という布陣が最も現実的――というより、それくらいしか考えられないような気がする。

 気が付けば、日本の陣容は随分と余裕のないものになってしまった。中澤が無理となると、プレー可能なメンバーは18名。全員がベンチ入りできることになる。岡田監督は2人のGKをベンチに座らせるつもりなのだろうか。いや、そもそもこれだけのメンバーで、本当にオーストラリアに勝つつもりでいるのだろうか。
「今、首位にいる彼ら(オーストラリア)を破って、自分たちにそういう力があることを示したいです」と岡田監督。その言葉は、どこまで本気なのだろうか。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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