日本の進路が決まった日=W杯予選 日本代表 0−0 豪州代表

宇都宮徹壱

理想的なサッカーを見せながら、またしても「決定力不足」

田中達を中心にチャンスを迎えた日本だったが、最後まで得点は奪えなかった 【Getty Images】

 前半の日本のサッカーは、岡田監督がチームを率いた23試合の中で、最も理想的な展開を予期させるものであった。開始5分、長谷部からのダイレクトパスに対し、絶妙のタイミングで田中達が抜け出して右サイドから低いクロスを供給。ニアに玉田圭司が入るが左足のシュートはわずかにポスト右に逸れてしまう。1点モノのシーンだったが、入り方としては悪くない。

 その後も日本は、中盤での素早いパス回しと意表を突く飛び出しで、オーストラリア守備陣を慌てさせた。最も目立っていたのは、田中達のスピードとアジリティー(敏しょう性)だが、日本の武器はそれだけではない。長谷部のスルーパス、松井の球際の強さ、内田篤人の鋭いクロス、そして中村俊と遠藤のプレースキック。おそらく、バーレーンやカタールやウズベキスタンが相手なら、早々に日本は先制ゴールを挙げていたことだろう。しかし相手は、最終予選3試合で無失点のオーストラリア。ペナルティーエリア付近まで持ち込んでも、あと一歩のところで相手の高さと足の長さに阻まれる場面が繰り返される。

 この日は、日本のディフェンス陣も素晴らしい働きを見せた。両サイドの守りは固く、相手に有効なクロスを上げるチャンスをほとんど与えなかった。そしてワントップの位置で動き回るケーヒルに対しては、センターバックの中澤佑二と田中マルクス闘莉王が的確に対応。2列目からの飛び出しに対しても、遠藤と長谷部が献身的にサポートして、相手の決定機を未然に防ぐ。結局、前半のオーストラリアのシュートは、ムーアとケーヒルの2本のみ。両者無得点のままハーフタイムを迎えた。

 後半に入ると、ようやく日本のスピードに慣れてきたオーストラリアが、しっかりパスを回してチャンスをうかがうようになる。対する日本も、ゲームから消えていた松井に代えて大久保を投入すると、再び前線の動きが活性化される。
 実際、後半の日本は、何度となくチャンスを演出していた。しかし、チャンスの数だけ失望を味わうこととなる。23分、中村俊が出した浮き球のスルーパスに、走り込んだ大久保が左足でシュートするも、これはGKシュワルツァーがセーブ。その2分後、右サイドの内田からのパスに、遠藤が右足ダイレクトで強烈なシュートを放つが、またしてもシュワルツァーのスーパーセーブがさく裂。34分、大久保とのパス交換から長友佑都がクロスを供給するも、玉田のヘディングシュートはバーの上。41分には、内田のクロスに長谷部がボレーシュートを放ったが、弾道は大久保に当たってゴールラインを割った。

 確かに不運もあった。だが、結局はいつもの「決定力不足」に行きついてしまう。しかし、幸いにしてオーストラリアも、後半はすっかり消耗していた。象徴的だったのが後半35分、縦パスを受けて闘莉王をかわしたケーヒルが、足がもつれてみすみすチャンスをつぶしてしまったシーン。“喪章の力”にも、やはり限界はあったようだ。試合後、ピム監督は「彼はここ3週間で8試合している」とケーヒルをかばっていたが、ほかの選手も移動や時差が原因で問題を抱えていたのは間違いない。
 チャンスを生かせない日本、そして息切れが顕著なオーストラリア。双方ともに、最後はリスクを冒すことを巧みに回避し、互いに勝ち点1を分け合って試合終了となった。

「オーストラリアに負けなかったこと」で得られたもの

 シュート数では11対3。ポゼッションでも62.4%対37.6%。いずれも日本がオーストラリアを上回りながら、しかし決定力不足で勝ち切れない。久々のしびれる試合も、終わってみれば、新鮮味のない余韻ばかりが溢れていた。
 確かに、結果そのものは悪いものではない。いやむしろ、日本にとっては(そしてもちろんオーストラリアにとっても)、最終予選というトンネルの向こう側が見えてきたという意味で、価値あるドローだったと言えよう。オーストラリアのピム監督も「90分を振り返ると0−0という結果はうれしいし、選手たちを褒めたい。(中略)準備期間がない中で、この結果には喜んでいる」と、安堵(あんど)の表情を浮かべていた。

 一方の日本にしてみれば、首位オーストラリアに勝ち点1をもぎ取った以上に「これまでの方向性が間違っていなかったこと」を実感できたのが、何よりの収穫であったと言えるだろう。それはすなわち、オーストラリアという「世界を想定した相手」との真剣勝負によって、初めて確認できた事実であった。岡田監督自身、今後さらにプレーの精度を上げる必要性を認めた上で「確実にこの1年で進歩しているので、今後もこれを続けていく」と明言している。同様のコメントは、選手が通るミックスゾーン(取材エリア)でも何度となく耳にした。「このサッカーを続けていくしかない」――それは、この試合に出場した選手全員の共通認識となっていた。

 見る者にとっては、少なからずの消化不良を感じさせた今回のオーストラリア戦。だが、この日スタンドに詰めかけた6万5571人の観衆は、ある意味「歴史的な瞬間」に立ち会ったとも言える。なぜなら、この日「世界(=オーストラリア)」に負けなかったことで、少なくともW杯本大会が行われる来年の6月までの日本の進路が(ほぼ)決まったからだ。

 最終予選は、残り4試合。だが、日本がバーレーンやカタールにホームで敗れることはないだろう。また、意気消沈のウズベキスタンや、同じ“勝ち組”のオーストラリアに対して、アウエーで痛手をこうむる可能性も少ないはずだ(最終節のオーストラリア戦は、現状では消化試合となる公算が高い)。よほどのアクシデントがない限り、日本は間違いなく最終予選をクリアする。となれば、チームが目指す方向性や、それを推し進める岡田監督自身が否定されることは、まず「ない」と考えるべきであろう。

 くしくも、2月11日は「建国記念の日」であり、戦前においては「紀元節」であった(神武天皇が即位した日とされる)。そんな記念すべき日に、日本の進路が決まったのだから、何とも暗示的である。日本代表は、目指すサッカーの完成度を高めるべく、今後も粛々とミッションを果たしていくことだろう。ただし、そこにどれだけのドラマやカタルシスがあるのかは分からない。ついでに言えば、それが来年6月の時点で「世界を驚かせる」という確たる保証もない。ただ確実に言えるのは、この日、日本の進路が決まった、という事実のみである。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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