中国スポーツのエリート教育に変化の兆し

朝倉浩之

五輪のメダルが売却される背景

成功するのは一握り。それでも幼い頃から親元を離れ、4人部屋で寮生活を送る 【朝倉浩之】

 だが、そんなエリート重視のスポーツ教育にも変化の兆しが出ている。

 今年、五輪を来年に控えた中国スポーツ界の大きなテーマとなったのが、スポーツ選手の「教育問題」である。今、世界的に活躍しているバスケットの姚明(ヤオミン)や陸上110mハードルの劉翔(リュウショウ)は、大学進学を望む親の反対を押し切ってスポーツの道を歩み、幸運にも成功したアスリートである。彼らのように大きな“成功”を収めれば、引退後も指導者になるなどして生き残っていけるだろう。しかし、国家代表に入り、五輪で金メダルを獲得できるアスリートは一握りにすぎない。中国のアスリートは早くから選抜されて専門の訓練を受けるため、競技によっては小学校も卒業していない選手が多い。そのような状況であるにも関わらず、多くの選手候補は、志半ばで挫折を余儀(よぎ)なくされ、いきなり世界有数の強烈な『学歴社会』へと放り出されるのだ。

 それにより、たとえば世界選手権の重量挙げの金メダリストがその日暮らしのアルバイトで生計をつないでいたり、過去に得たメダルを売りに出して苦しい家計を支えようとする元アスリートの姿が大きく報道されるなど、近年では大きな問題となっている。加えて、中国で実施されている『一人っ子政策』の影響もある。社会保障が不十分な中国では、親の老後の面倒を見るのは子どもの役目だ。だから、たった一人の子どもには、安定した収入の職業についてほしいというのが親共通の願いである。むしろ、そんなリスクを避け、安全な大学進学の道を選ばせたい――そんな志向が「スポーツ学校」離れへとつながっているのも事実なのだ。

岐路を迎えた金メダル量産システム

 もちろん、受け入れ側も対応を始めている。前述の什刹海(シーシャハイ)体育学校でも、小学生年代の子供たちについては、午前中は近所の小学校に通わせたり、『生活教員』と呼ばれる世話役をコーチとは別につけて、マナーや生活習慣を学ばせるなど工夫をしている。他の体育学校でも近くの進学校の教員を派遣してもらって授業を行うなど、いわゆる「スポーツばか」にはならない方法を模索し続けている。

 経済成長を遂げる中、「スポーツでの成功」が貧困から脱却する唯一の道だった時代は終わりつつある。前回のコラム(「中国が見据える「五輪後」というテーマ」)で触れたように、国がエリートを選抜して“スポーツ教育”を施す『国家主導型』のスポーツから、大学を拠点にした『学校スポーツ』中心に重点を移すという、スポーツの“多様化”へ向けた動きも見られる。伝統的なピラミッド型の「金メダル量産システム」は今、岐路に立っている。

<了>

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著者プロフィール

奈良県出身。1999年、民放テレビ局に入社。スポーツをメインにキャスター、ディレクターとしてスポーツ・ニュース・ドキュメンタリー等の制作・取材に関わる。2003年、中国留学をきっかけに退社。現在は中国にわたり、中国スポーツの取材、執筆を行いつつ、北京の「今」をレポートする各種ラジオ番組などにも出演している。

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